すべての元凶はあなた
第3話『そこに座れ』
薄暗い部屋を出て、階段を上っていくと、やがて広い通路に突き当たる。高い天井、それを支える太い支柱には縦に走る筋がいくつもあった。両側に等間隔で並んでいる。通路の先にまで繋がっていく。
埃ひとつ落ちていない艶やかな床は、いまだに裸足でいるわたしには冷たすぎる。服だけでなく、靴も欲しかった。そこまで来ると、さすがに欲張りだろうか。
前を行くフードの人はわたしなんてお構い無く、後ろを振り返ることをしない。ただ、握られた手首からぬくもりは伝わってくる。本当にどこへ行くつもりだろう。
わたしとフードの人はいくつかの扉の前を通り、通路奥の扉を選んだ。今度の部屋はちゃんと窓がある。日の光に当てられた壁や天井は石造りで冷たい印象だった。テーブルも椅子も固そうで足の指を打ち付けたら痛いだろうな、と場違いなことを思う。
立ち尽くしたままでいると、フードの人はようやくわたしの手を離した。どうやら目的地に着いたようだ。わたしの手首を掴んでいた白い指が、フードに伸びて後ろに落とした。
光を浴びた赤い髪がこちらを振り返る。氷を透したような真っ青な瞳に、作ったかのような通った鼻筋、息を吐くかもわからない薄い唇。手と同じくらい白い肌に包まれた顔は、艶やかな床と等しく冷たいと感じた。
互いに向かい合ったものの、言葉を発するわけもなく、時間だけが流れる。手持ち無沙汰で、掴まれた手首をさすっていると、薄い唇が開いた。
「演技だとしても人を崇める振りをするのは疲れるな。そこに座れ」
命令だった。確かこの人、先程も「置いていくまで」と脅しをかけてきたはずだ。「救いの主様」とか言っていたくせに、ふたりきりだと偉そうに命令をするのだ。ちょっと腹が立って、にらみつけてやると、相手も気づいたようだ。
「何だ?」
青い瞳が鋭くとがった。冷たさが増して、さらに凍りつかせるような視線になる。
自分に対して向けられる敵意が恐い。記憶はないはずなのにこういう感覚は生きている。
「い、いいえ、何にもないです」
わたしの答えなど必要ないのだろう。さっさと座れというような無言の圧力を感じて、椅子に落ち着いた。
フード(を被っていた)の人も反対側の椅子に腰かけた。ちらっと目を向けると、彼は指を組んで、柄の悪い姿勢になっている。上品な人じゃないのかもしれない。あんまり見ないようにしよう。そう決意してうつむいていると、彼が息を吐き出す音が聞こえてきた。
「お前が“仮の救いの主”だとしても、一応、詳しい話をしておく」
「“仮の救いの主”?」
「俺の名は、ウィル。こんな成りをしているが、ここの頭を勤めている」
ウィルはわたしの疑問に気づくことなく、淡々と説明をはじめる。ここは神殿だということとか。救いの主とは神様の使いで、民を救う存在だとされていることとか。今まで召喚されてきた救いの主はすべて偽者らしい。もちろんそのなかにはわたしも含まれる。
「実際、書物にあるように、本当の救いの主が現れるわけもない。俺は幻想家ではないからな。
だが、偽者だとしても、救いの主が現れれば、ここの神殿も活気づく。信者も寄付金も増えるだろう。
……この神殿を維持するためには人と金が必要だ。だから、俺の術をもってお前を呼び寄せた。呼び寄せたからには、いずれ、お前をもとの世界に帰すつもりだ。だが、それまでにやってもらいたいことがある」
元の世界に帰してくれるというのは大歓迎だけれど、何だか嫌な予感がする。
「救いの主として、しばらくの間、ここにいてもらう。だから、お前は“仮の救いの主”だ」
やっぱりか。予感は当たった。
薄暗い部屋を出て、階段を上っていくと、やがて広い通路に突き当たる。高い天井、それを支える太い支柱には縦に走る筋がいくつもあった。両側に等間隔で並んでいる。通路の先にまで繋がっていく。
埃ひとつ落ちていない艶やかな床は、いまだに裸足でいるわたしには冷たすぎる。服だけでなく、靴も欲しかった。そこまで来ると、さすがに欲張りだろうか。
前を行くフードの人はわたしなんてお構い無く、後ろを振り返ることをしない。ただ、握られた手首からぬくもりは伝わってくる。本当にどこへ行くつもりだろう。
わたしとフードの人はいくつかの扉の前を通り、通路奥の扉を選んだ。今度の部屋はちゃんと窓がある。日の光に当てられた壁や天井は石造りで冷たい印象だった。テーブルも椅子も固そうで足の指を打ち付けたら痛いだろうな、と場違いなことを思う。
立ち尽くしたままでいると、フードの人はようやくわたしの手を離した。どうやら目的地に着いたようだ。わたしの手首を掴んでいた白い指が、フードに伸びて後ろに落とした。
光を浴びた赤い髪がこちらを振り返る。氷を透したような真っ青な瞳に、作ったかのような通った鼻筋、息を吐くかもわからない薄い唇。手と同じくらい白い肌に包まれた顔は、艶やかな床と等しく冷たいと感じた。
互いに向かい合ったものの、言葉を発するわけもなく、時間だけが流れる。手持ち無沙汰で、掴まれた手首をさすっていると、薄い唇が開いた。
「演技だとしても人を崇める振りをするのは疲れるな。そこに座れ」
命令だった。確かこの人、先程も「置いていくまで」と脅しをかけてきたはずだ。「救いの主様」とか言っていたくせに、ふたりきりだと偉そうに命令をするのだ。ちょっと腹が立って、にらみつけてやると、相手も気づいたようだ。
「何だ?」
青い瞳が鋭くとがった。冷たさが増して、さらに凍りつかせるような視線になる。
自分に対して向けられる敵意が恐い。記憶はないはずなのにこういう感覚は生きている。
「い、いいえ、何にもないです」
わたしの答えなど必要ないのだろう。さっさと座れというような無言の圧力を感じて、椅子に落ち着いた。
フード(を被っていた)の人も反対側の椅子に腰かけた。ちらっと目を向けると、彼は指を組んで、柄の悪い姿勢になっている。上品な人じゃないのかもしれない。あんまり見ないようにしよう。そう決意してうつむいていると、彼が息を吐き出す音が聞こえてきた。
「お前が“仮の救いの主”だとしても、一応、詳しい話をしておく」
「“仮の救いの主”?」
「俺の名は、ウィル。こんな成りをしているが、ここの頭を勤めている」
ウィルはわたしの疑問に気づくことなく、淡々と説明をはじめる。ここは神殿だということとか。救いの主とは神様の使いで、民を救う存在だとされていることとか。今まで召喚されてきた救いの主はすべて偽者らしい。もちろんそのなかにはわたしも含まれる。
「実際、書物にあるように、本当の救いの主が現れるわけもない。俺は幻想家ではないからな。
だが、偽者だとしても、救いの主が現れれば、ここの神殿も活気づく。信者も寄付金も増えるだろう。
……この神殿を維持するためには人と金が必要だ。だから、俺の術をもってお前を呼び寄せた。呼び寄せたからには、いずれ、お前をもとの世界に帰すつもりだ。だが、それまでにやってもらいたいことがある」
元の世界に帰してくれるというのは大歓迎だけれど、何だか嫌な予感がする。
「救いの主として、しばらくの間、ここにいてもらう。だから、お前は“仮の救いの主”だ」
やっぱりか。予感は当たった。