すべての元凶はあなた
第27話『白いドラゴン』
だからって、ゆっくり泣いている場合じゃない。
先にドラゴンの背に乗った男の手を借りて、わたしはうろこの上に引っ張りあげられた。しかも、あのリーダーのような男に背中から抱きこまれるなんて、気色悪かった。ダメだ、まともに考えたら嫌になってしまう。違うことに意識を向けよう。
ドラゴンの背中ってどんな感じだろうと思っていたら、うろこの触り心地はざらついて温かい。座った感じもちょうどいいくらいに硬くて、まあまあ良さそうだ。ドラゴンも生物なのだなと感心してしまう。
「肉付きがあまり良くないな。神殿ではあんまりいいものを食っていないのか」
せっかく考えないようにしていたのに、後ろの男が現実に引き戻してくれた。肉付きとか、感想がおじさんっぽい。そういや、ウィルはわたしの体型に大しては何にも言ってこなかった。案外、このおじさん(もうおじさんでいい)より無神経ではなかったのかもしれない。
そのウィルは何をしているのだろう。「お前をたやすく手放すことはしない」とか言っていたくせに嘘だったのか。こういうときに現れて助けるのが、ウィルの役割ではないのだろうか。
ローラントは最後まで戦ってくれた。今や、ロープみたいので縛られて地面に転がされているけれど、英雄そのものだった。
短い間だったけれど、神殿での生活も終わりか。
ローラントに守られて、ミアさんにお世話してもらって、ウィルにののしられる日々も、案外楽しかったなあなんて思う。誰かのために生きていると実感できた。必要とされる喜びを知った。
他の男たちもドラゴンの背に乗って、そろそろ出発というとき、
「時間稼ぎにはなったようだな」
耳になじんだ声が皮肉めいて聞こえた。「時間稼ぎだなんて、ローラントはよくやりましたわ」とミアさんがフォローしながら、縛られたローラントのロープをほどく。
「面目ありません」ローラントはうなだれながら、小さな声をもらした。
「その鎧は飾りのようだな。救い主のひとりも守れんとは」
「ウィル様、今はそんなことをおっしゃっている暇はないかと。ほら、救い主様もあいつらの手に落ちてしまいましたわ」
「そんなものは奪い返せば良い」
ウィルはわたしを射抜いて怪しく笑った。胸に広がる安心よりも背筋に寒気がかけ上っていくのはなぜだろうか。
「ミア」
「はい」
ふたりのやり取りを待たないで、ドラゴンが羽ばたく。思ったより揺れる。男の腕がわたしの体を支えてくれる。スピードがまったくついていけない。横に他のドラゴンも飛んでいることくらいしかわからない。
「くそ。足止めがきかなかったか。このまま逃げ切れるか」
敵もウィルが出てきたのは予想外だったのかもしれない。敵ながら御愁傷様だと思った。ウィルを敵に回して無事には済まないはずだ。
突然、後ろから光の筋が伸びて、左側のドラゴンにぶつかった。確かにぶつかったはずなのに、光は丸くなってドラゴンを包みこむ。光は動きを奪うものなのか、ドラゴンは空中で止まった。
なおも光は右側のドラゴンに向けて放たれる。同じ失敗をしないようにと、ドラゴンはたくみに避けるけれど、光は追尾してくる。わたしは光のもとを知りたくて、後ろを振り返ると、おじさんの肩越しに白いドラゴンが見えた。
真っ白だ。驚いたのは、白いドラゴンの背に杖を掲げたウィルの姿があったことだ。光はウィルの魔法だった。ちょうど抵抗空しく右側にいたドラゴンに直撃した。
「ウィル! 救い主がどうなってもいいのか!」
おじさんの右腕がわたしの首の下に回される。その手にはナイフを持っていて、自分に何かあれば、わたしを切りつけるつもりだろう。おじさんはどこまでも卑怯だった。ウィルに見せつけるように後ろに体をひねる。
どれだけ非情なウィルだとしても、人を見殺しにしたりはしないだろう。
「やればいい」
思ったよりもひどい男だった。
「しかし、どちらが早いか」
感情もなく告げられた。どういう意味かと考える前に白いドラゴンの口が開いた。鋭い牙と大きな歯の奥から光が膨れていく。顔はわたしたちに向けられている。もしかして、狙っている?
ウィルはぶつぶつと自分の世界に入ってしまう。ドラゴンの口から放たれた白い光が目前に迫る。ウィルの産み出した光も遅れてやってきた。こちらの光の方が軽いらしく早くやってくる。わたしは光に包まれるとともに意識を手放した。
だからって、ゆっくり泣いている場合じゃない。
先にドラゴンの背に乗った男の手を借りて、わたしはうろこの上に引っ張りあげられた。しかも、あのリーダーのような男に背中から抱きこまれるなんて、気色悪かった。ダメだ、まともに考えたら嫌になってしまう。違うことに意識を向けよう。
ドラゴンの背中ってどんな感じだろうと思っていたら、うろこの触り心地はざらついて温かい。座った感じもちょうどいいくらいに硬くて、まあまあ良さそうだ。ドラゴンも生物なのだなと感心してしまう。
「肉付きがあまり良くないな。神殿ではあんまりいいものを食っていないのか」
せっかく考えないようにしていたのに、後ろの男が現実に引き戻してくれた。肉付きとか、感想がおじさんっぽい。そういや、ウィルはわたしの体型に大しては何にも言ってこなかった。案外、このおじさん(もうおじさんでいい)より無神経ではなかったのかもしれない。
そのウィルは何をしているのだろう。「お前をたやすく手放すことはしない」とか言っていたくせに嘘だったのか。こういうときに現れて助けるのが、ウィルの役割ではないのだろうか。
ローラントは最後まで戦ってくれた。今や、ロープみたいので縛られて地面に転がされているけれど、英雄そのものだった。
短い間だったけれど、神殿での生活も終わりか。
ローラントに守られて、ミアさんにお世話してもらって、ウィルにののしられる日々も、案外楽しかったなあなんて思う。誰かのために生きていると実感できた。必要とされる喜びを知った。
他の男たちもドラゴンの背に乗って、そろそろ出発というとき、
「時間稼ぎにはなったようだな」
耳になじんだ声が皮肉めいて聞こえた。「時間稼ぎだなんて、ローラントはよくやりましたわ」とミアさんがフォローしながら、縛られたローラントのロープをほどく。
「面目ありません」ローラントはうなだれながら、小さな声をもらした。
「その鎧は飾りのようだな。救い主のひとりも守れんとは」
「ウィル様、今はそんなことをおっしゃっている暇はないかと。ほら、救い主様もあいつらの手に落ちてしまいましたわ」
「そんなものは奪い返せば良い」
ウィルはわたしを射抜いて怪しく笑った。胸に広がる安心よりも背筋に寒気がかけ上っていくのはなぜだろうか。
「ミア」
「はい」
ふたりのやり取りを待たないで、ドラゴンが羽ばたく。思ったより揺れる。男の腕がわたしの体を支えてくれる。スピードがまったくついていけない。横に他のドラゴンも飛んでいることくらいしかわからない。
「くそ。足止めがきかなかったか。このまま逃げ切れるか」
敵もウィルが出てきたのは予想外だったのかもしれない。敵ながら御愁傷様だと思った。ウィルを敵に回して無事には済まないはずだ。
突然、後ろから光の筋が伸びて、左側のドラゴンにぶつかった。確かにぶつかったはずなのに、光は丸くなってドラゴンを包みこむ。光は動きを奪うものなのか、ドラゴンは空中で止まった。
なおも光は右側のドラゴンに向けて放たれる。同じ失敗をしないようにと、ドラゴンはたくみに避けるけれど、光は追尾してくる。わたしは光のもとを知りたくて、後ろを振り返ると、おじさんの肩越しに白いドラゴンが見えた。
真っ白だ。驚いたのは、白いドラゴンの背に杖を掲げたウィルの姿があったことだ。光はウィルの魔法だった。ちょうど抵抗空しく右側にいたドラゴンに直撃した。
「ウィル! 救い主がどうなってもいいのか!」
おじさんの右腕がわたしの首の下に回される。その手にはナイフを持っていて、自分に何かあれば、わたしを切りつけるつもりだろう。おじさんはどこまでも卑怯だった。ウィルに見せつけるように後ろに体をひねる。
どれだけ非情なウィルだとしても、人を見殺しにしたりはしないだろう。
「やればいい」
思ったよりもひどい男だった。
「しかし、どちらが早いか」
感情もなく告げられた。どういう意味かと考える前に白いドラゴンの口が開いた。鋭い牙と大きな歯の奥から光が膨れていく。顔はわたしたちに向けられている。もしかして、狙っている?
ウィルはぶつぶつと自分の世界に入ってしまう。ドラゴンの口から放たれた白い光が目前に迫る。ウィルの産み出した光も遅れてやってきた。こちらの光の方が軽いらしく早くやってくる。わたしは光に包まれるとともに意識を手放した。