すべての元凶はあなた
第23話『舞いと祈り』
すすり泣く信者さんの姿をこの目で見たとき、死は現実なのだと感じた。これまでいた人がいなくなるというだけじゃない。明日の未来さえも無くなる絶望感は、簡単に拭えるものではなかった。
想像したときにわたしも胸が痛くなるのを感じた。どこか懐かしく鋭い痛みだった。わたしにも大事な人を失った記憶があるのかもしれない。思い出せないけれど、この痛みはきっとそうだ。
笛の調べが聞こえてきたところで、天井から降り落ちてくる光を浴びながら、わたしは舞う。腕を広げる、足を開く。ひとつひとつの動作には意味があって、無駄なものはひとつもない。
魂をすくいあげて、彼らのためにわたしができることは、祈ることだけだ。
――どうか、家族のもとに帰れますように。迷いませんように。
クライマックスに向けて足踏みの速度を上げていく。音が終わると同時に、腕を上げて、両足を揃えた。
音の余韻が残る中、わたしはゆっくりと腕を下ろした。すべてを出しきった。遠目に見ても、目立った失敗はなかったはずだ。
わたしは達成感と安堵感で、すぐにでもその場にしゃがみこみたかった。だけど、救い主としてはよろしくない。信者さんがいなくなるまで威厳を保ったままでいないと駄目だ。そうしないと、もれなく、ウィルに怒られる。
震える膝でどうにか耐えていると、「魂は帰るべきところに帰りました。皆、安心しなさい」とウィルが宣言した。
ウィルの言葉を受けて信者さんも安心したのだろう。憑き物が落ちたような明るい顔も見えるようになった。まだ割り切れなくても、いつかは前を向けるきっかけになればいい。
信者さんたちが退場しても、わたしはぐったり椅子にもたれかかっていた。座り心地が悪くても椅子に座れて助かった。もう限界だった。練習より数倍、疲れた。くつろいでいたら、「救い主」と声をかけてきたのはウィルである。
今はウィルの説教は聞きたくなかった。この男の言いたいことなんてわかっている。最後まで顔を上げて笑みを浮かべていなければ、救い主ではないとか、椅子に腰深く座るなとか、その辺りの細かい部分を言われるのだろう。
小姑め、言えばいい。受け流してやる。そう身構えていたら、ふっと小さく息が漏れた音が聞こえてきた。
「よくやった」
ウィルが「よくやった」なんて聞き間違いだと思った。そんなねぎらいの言葉をかけてもらった記憶はない。絶対にない。もしかして、目の前の人はウィルではないのかもしれない。ウィルのそっくりさんかも。
「まあ、これくらいはやってもらわないとな」
その言葉は余計だった。やっぱりウィルだった。
「ウィル!」と強く訴えたら、いつも見下すだけの顔が和らいだ。こちらは怒っているというのに、むしろ、笑うなんて失礼だと思う。にらみつけてもまったく効果はないのだ。
もうわたしにできることはない。負けた。でも、一度いら立つと治めるまでに時間がかかってしまう。鼻息荒く、椅子に腰をかけていると、ウィルがわたしの頭に手を置いた。振り払いたかったのに、
「今日はゆっくり休め」
そんな優しい言葉を言われてしまうと、途端にウィルに対してのマイナスの感情が消えていく。嬉しいと思ってしまう、本当に現金なわたしだ。
たまに優しい言葉をかけて、服従させようとする。これこそがこの男の策略だと知っているのに、抵抗できないのが悔しい。あちらはわたしの弱点を知っている。だとしたら、わたしもウィルを揺るがすような弱点を知りたかった。
すすり泣く信者さんの姿をこの目で見たとき、死は現実なのだと感じた。これまでいた人がいなくなるというだけじゃない。明日の未来さえも無くなる絶望感は、簡単に拭えるものではなかった。
想像したときにわたしも胸が痛くなるのを感じた。どこか懐かしく鋭い痛みだった。わたしにも大事な人を失った記憶があるのかもしれない。思い出せないけれど、この痛みはきっとそうだ。
笛の調べが聞こえてきたところで、天井から降り落ちてくる光を浴びながら、わたしは舞う。腕を広げる、足を開く。ひとつひとつの動作には意味があって、無駄なものはひとつもない。
魂をすくいあげて、彼らのためにわたしができることは、祈ることだけだ。
――どうか、家族のもとに帰れますように。迷いませんように。
クライマックスに向けて足踏みの速度を上げていく。音が終わると同時に、腕を上げて、両足を揃えた。
音の余韻が残る中、わたしはゆっくりと腕を下ろした。すべてを出しきった。遠目に見ても、目立った失敗はなかったはずだ。
わたしは達成感と安堵感で、すぐにでもその場にしゃがみこみたかった。だけど、救い主としてはよろしくない。信者さんがいなくなるまで威厳を保ったままでいないと駄目だ。そうしないと、もれなく、ウィルに怒られる。
震える膝でどうにか耐えていると、「魂は帰るべきところに帰りました。皆、安心しなさい」とウィルが宣言した。
ウィルの言葉を受けて信者さんも安心したのだろう。憑き物が落ちたような明るい顔も見えるようになった。まだ割り切れなくても、いつかは前を向けるきっかけになればいい。
信者さんたちが退場しても、わたしはぐったり椅子にもたれかかっていた。座り心地が悪くても椅子に座れて助かった。もう限界だった。練習より数倍、疲れた。くつろいでいたら、「救い主」と声をかけてきたのはウィルである。
今はウィルの説教は聞きたくなかった。この男の言いたいことなんてわかっている。最後まで顔を上げて笑みを浮かべていなければ、救い主ではないとか、椅子に腰深く座るなとか、その辺りの細かい部分を言われるのだろう。
小姑め、言えばいい。受け流してやる。そう身構えていたら、ふっと小さく息が漏れた音が聞こえてきた。
「よくやった」
ウィルが「よくやった」なんて聞き間違いだと思った。そんなねぎらいの言葉をかけてもらった記憶はない。絶対にない。もしかして、目の前の人はウィルではないのかもしれない。ウィルのそっくりさんかも。
「まあ、これくらいはやってもらわないとな」
その言葉は余計だった。やっぱりウィルだった。
「ウィル!」と強く訴えたら、いつも見下すだけの顔が和らいだ。こちらは怒っているというのに、むしろ、笑うなんて失礼だと思う。にらみつけてもまったく効果はないのだ。
もうわたしにできることはない。負けた。でも、一度いら立つと治めるまでに時間がかかってしまう。鼻息荒く、椅子に腰をかけていると、ウィルがわたしの頭に手を置いた。振り払いたかったのに、
「今日はゆっくり休め」
そんな優しい言葉を言われてしまうと、途端にウィルに対してのマイナスの感情が消えていく。嬉しいと思ってしまう、本当に現金なわたしだ。
たまに優しい言葉をかけて、服従させようとする。これこそがこの男の策略だと知っているのに、抵抗できないのが悔しい。あちらはわたしの弱点を知っている。だとしたら、わたしもウィルを揺るがすような弱点を知りたかった。