すべての元凶はあなた

第21話『時』

 病が治って数日後、「舞いを披露する時が来た」とウィルからそう伝えられた。とうとう時が来たのだ。舞いは死者の魂を静めるためのもの。つまりは、誰かが死んだということ。

 できることならやりたくはない。逃げ出したい。死者の魂を静めるための舞いなんて忘れて、速やかに元の世界に帰りたい。それでも帰れない。元の世界での記憶がないために未練すらも残っていないのだ。

 朝は適当な頃合いでやってきて、うっとおしいほどの明かりでわたしの目を覚ます。カーテンがないから、嫌でも起きてしまう。

 病は治っているから仮病は使えない。諦めろということだろう。だけど、諦め悪く、足を引きずるようにして寝室を出れば、ミアさんが待ち構えていた。準備万端のようで、衣装やら装飾品がテーブルの上に出ていた。

「失礼します」

 ミアさんが人の衣服をはがす前にする挨拶だ。ここまで来れば、逃げられないのはわかっている。無駄な抵抗だって知っている。わたしは腕を上げて、抵抗をやめた。

 今回は白い布を体に巻きつけて、布の端を結んで衣装にする。それは、汚れのない白い布に針を通すことはいけないかららしい。無口なわたしに代わり、ミアさんは沈黙を埋めるように話してくれた。

 両肩を出すなんて心許ないけれど、腰は念入りに締め付けられたので、布がはがれる危険は少ないだろう。

 手首には鈴をつけた腕輪。足首も邪魔にならない程度の軽いアンクレット。イヤリングはちょっとでも揺れれば、小さな音がついてくる。髪の毛は鏡の前で整えられた。香油は黒髪を艶やかに見せるのだと、この世界に来て気づいた。鏡のなかにいる自分の顔をぼやけるくらいに適当に眺めていたら、

「救い主様、あれだけ練習したのですもの、大丈夫ですわ」

 ミアさんが勇気づけてくれた。思っていたより不安げな顔が鏡に映っていたのだろうか。確かに、いつもより顔が強ばっているように見えなくもない。メイクしてもミアさんには伝わるのだ。

 言葉を受けて「そうなればいい」と思った。毎日、練習してきた。忘れたくても簡単には忘れないほど、体には音色も動きも染みついている。

 きっと、うまくやれる。やれなくても、最悪、あのウィルが何とかしてくれる。そう思えば、心は軽い。うなずくときの鏡のなかのわたしは多少、明るくなっていた。
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Clap