すべての元凶はあなた
第20話『はちみつの味』
赤い毛布にくるまってソファーの上でゴロゴロする。ミアさんによると、赤いものは邪気を払うんだとか。迷信ではないのかと思っても、病は気からというから、案外、効果はあるのかもしれない。
後は、決まった時間にミアさんが持ってきてくれる粉薬を飲み下す。この薬がとにかく臭い。眉間に力が入るくらい苦いのも特徴だ。鼻をつまんで飲むのが正解。ひかえめなノック音に適当に返事したら、扉から現れたのはローラントだった。
髪の毛なんて癖がついていてもそのまま、起きてすぐの状態でローラントに会うなんて無理だった。ソファーに横たわっていた体を起こし、赤い毛布を畳んで置いておく。スカートのシワを伸ばす。髪の毛も押さえつけて、たるんだ頬を引き上げる。
「エマ様、お体の調子はどうですか?」
かなり良くなっていると思う。声の調子も戻ってきたし。「平気です」と思いをこめて、うなずいてみると、ローラントも笑ってくれた。久しぶりにほっこりできた気がする。
「もし、よろしければ、これを」
その手には、鎧姿には不釣り合いなほどの可愛らしいものが乗っていた。リボンで飾りつけされた小物入れである。まさか、わたしにくれるのか。疑いつつ受け取れば、それが正解だというようにローラントは白い歯を見せた。
震える手で小物入れの蓋を持ち上げてみれば、いっぱいにお菓子が詰まっていた。
「飴です。薬が苦いと聞きましたので口直しにどうぞ」
飴にしてみても凝った入れ物で嬉しい。わたしは飴を一粒とって、ローラントに見せた。「食べていいか」という確認もかねて。
「どうぞ召し上がってください」
舌に乗せると、はちみつを口に含んだかのように甘い。薬のせいで苦くなった口のなかを変えるように、舌でコロコロ転がす。
この甘さをローラントにも感じてほしくて、「どうぞ」なんて小物入れを差し出した。ローラントは目を丸くしてから、また笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、いただきます」
良かった、伝わったらしい。ローラントは小物入れから飴をとって、口に放りこんだ。すぐに左頬が丸く膨らむから、子どもを見ているかのように微笑ましかった。
「エマ様?」
「何でもない」と首を横に振れば、互いに笑みがこぼれた。
「この飴、わたしには甘すぎますね」
甘いはずなのに眉をひそめて困ったように苦く笑う。ローラントは見かけによらず、甘いのが好きではないらしい。何も知らないですすめたりして、悪いことをした。
ローラントが任務に戻ってしまうと、何となく赤い毛布にくるまった。膝を抱えて、テーブルの上の小物入れを眺める。
それにしても、男の人からプレゼントをもらったのは、はじめてなのかもしれない。受け取る時に、わたしの手が震えていたし。
意味もなく小物入れを眺めて、頬がゆるむ。はじめてもらったものが小物入れでかなり嬉しい。まあ、若干子どもっぽい贈り物だとは思うけれど、ローラントの気持ちが温かいからいいのだ。
膝に頬杖をついて前のめりになりながら、嬉しさを噛み締めていたら、耳障りな扉の開く音がした。
「元気そうだな」
ノックもなしに不躾に現れるウィルだった。もう少し、嬉しさに浸っていたかった。にらみつけてみるけれど、ウィルはふんと鼻を鳴らすだけ。
「そんな態度がとれるなら、もう大丈夫だな。いつまでもただ飯を食わせるわけにはいくまい。明日から通常通りに戻す」
それを告げるためにわざわざ来たのか。わたしは小物入れをちらっと見た。ウィルなら、甘いものが苦手でも不思議はない。というか、絶対に好きではないだろう。この薄情な口が、甘すぎて不機嫌になる様を見るのは楽しい気がする。
「ウィル」わたしはわざわざそんな顔が見たくて、蓋を開けて、小物入れを差し出す。
「飴か」
いらんとか言いそうだけれど、簡単に退きたくはなかった。ウィルに向けて、小物入れを近づける。そのかいあってか、骨ばった指は小物入れのなかの飴を一粒とった。そして、口のなかに放りこむ。さあ、甘くなってしまえ。不機嫌になれ。
しかし、ウィルは眉をひそめるかと思いきや、むしろ、口の端が上がった。小さく「甘いな」と言うだけ。
「甘いものは昔から好きだ」
へえ、ああ、そう。どう反応していいか、わからない。気まずい沈黙を破る勇気が出ない。
「悪いか」
いいえ、と首を横に振る。ただただ、意外だっただけで。また鼻を鳴らした甘党ウィルは、用は済んだというばかりに部屋を出ていく。
残されたわたしは小物入れを握りしめたまま、パニックを起こしていた。飴を口に入れたときの緩んだ表情も驚いたけれど、膨らんだ頬が何だか可愛くて――いやいや可愛いはおかしい。
でも、甘いものが好きだなんて、罪悪感もなく素直に言っちゃうところを思い返して、笑ってしまった。
赤い毛布にくるまってソファーの上でゴロゴロする。ミアさんによると、赤いものは邪気を払うんだとか。迷信ではないのかと思っても、病は気からというから、案外、効果はあるのかもしれない。
後は、決まった時間にミアさんが持ってきてくれる粉薬を飲み下す。この薬がとにかく臭い。眉間に力が入るくらい苦いのも特徴だ。鼻をつまんで飲むのが正解。ひかえめなノック音に適当に返事したら、扉から現れたのはローラントだった。
髪の毛なんて癖がついていてもそのまま、起きてすぐの状態でローラントに会うなんて無理だった。ソファーに横たわっていた体を起こし、赤い毛布を畳んで置いておく。スカートのシワを伸ばす。髪の毛も押さえつけて、たるんだ頬を引き上げる。
「エマ様、お体の調子はどうですか?」
かなり良くなっていると思う。声の調子も戻ってきたし。「平気です」と思いをこめて、うなずいてみると、ローラントも笑ってくれた。久しぶりにほっこりできた気がする。
「もし、よろしければ、これを」
その手には、鎧姿には不釣り合いなほどの可愛らしいものが乗っていた。リボンで飾りつけされた小物入れである。まさか、わたしにくれるのか。疑いつつ受け取れば、それが正解だというようにローラントは白い歯を見せた。
震える手で小物入れの蓋を持ち上げてみれば、いっぱいにお菓子が詰まっていた。
「飴です。薬が苦いと聞きましたので口直しにどうぞ」
飴にしてみても凝った入れ物で嬉しい。わたしは飴を一粒とって、ローラントに見せた。「食べていいか」という確認もかねて。
「どうぞ召し上がってください」
舌に乗せると、はちみつを口に含んだかのように甘い。薬のせいで苦くなった口のなかを変えるように、舌でコロコロ転がす。
この甘さをローラントにも感じてほしくて、「どうぞ」なんて小物入れを差し出した。ローラントは目を丸くしてから、また笑顔を浮かべる。
「ありがとうございます、いただきます」
良かった、伝わったらしい。ローラントは小物入れから飴をとって、口に放りこんだ。すぐに左頬が丸く膨らむから、子どもを見ているかのように微笑ましかった。
「エマ様?」
「何でもない」と首を横に振れば、互いに笑みがこぼれた。
「この飴、わたしには甘すぎますね」
甘いはずなのに眉をひそめて困ったように苦く笑う。ローラントは見かけによらず、甘いのが好きではないらしい。何も知らないですすめたりして、悪いことをした。
ローラントが任務に戻ってしまうと、何となく赤い毛布にくるまった。膝を抱えて、テーブルの上の小物入れを眺める。
それにしても、男の人からプレゼントをもらったのは、はじめてなのかもしれない。受け取る時に、わたしの手が震えていたし。
意味もなく小物入れを眺めて、頬がゆるむ。はじめてもらったものが小物入れでかなり嬉しい。まあ、若干子どもっぽい贈り物だとは思うけれど、ローラントの気持ちが温かいからいいのだ。
膝に頬杖をついて前のめりになりながら、嬉しさを噛み締めていたら、耳障りな扉の開く音がした。
「元気そうだな」
ノックもなしに不躾に現れるウィルだった。もう少し、嬉しさに浸っていたかった。にらみつけてみるけれど、ウィルはふんと鼻を鳴らすだけ。
「そんな態度がとれるなら、もう大丈夫だな。いつまでもただ飯を食わせるわけにはいくまい。明日から通常通りに戻す」
それを告げるためにわざわざ来たのか。わたしは小物入れをちらっと見た。ウィルなら、甘いものが苦手でも不思議はない。というか、絶対に好きではないだろう。この薄情な口が、甘すぎて不機嫌になる様を見るのは楽しい気がする。
「ウィル」わたしはわざわざそんな顔が見たくて、蓋を開けて、小物入れを差し出す。
「飴か」
いらんとか言いそうだけれど、簡単に退きたくはなかった。ウィルに向けて、小物入れを近づける。そのかいあってか、骨ばった指は小物入れのなかの飴を一粒とった。そして、口のなかに放りこむ。さあ、甘くなってしまえ。不機嫌になれ。
しかし、ウィルは眉をひそめるかと思いきや、むしろ、口の端が上がった。小さく「甘いな」と言うだけ。
「甘いものは昔から好きだ」
へえ、ああ、そう。どう反応していいか、わからない。気まずい沈黙を破る勇気が出ない。
「悪いか」
いいえ、と首を横に振る。ただただ、意外だっただけで。また鼻を鳴らした甘党ウィルは、用は済んだというばかりに部屋を出ていく。
残されたわたしは小物入れを握りしめたまま、パニックを起こしていた。飴を口に入れたときの緩んだ表情も驚いたけれど、膨らんだ頬が何だか可愛くて――いやいや可愛いはおかしい。
でも、甘いものが好きだなんて、罪悪感もなく素直に言っちゃうところを思い返して、笑ってしまった。