すべての元凶はあなた
第2話『どうか服を』
救いの主様以前に、そもそもの話、ここはどこなのだろうと思う。明らかに自分の部屋ではないはずだ。薄暗く、窓のようなものも見えない。
でも、自分の部屋がどういうものだったかを思い浮かべようとしても、なぜか、頭の奥が鈍く痛む。まるで、記憶を取り出そうとするのを邪魔をしているみたいだ。
わたしはどこから来たのか。名前以外の記憶はどこへ行ってしまったのか。
頭を抱える。ダメだ。名前だけは思い出せたものの、今のところ「絵茉」以外のことは何も覚えていない。深く考えてみても、八方塞がり。過去がダメなら今を知るしかない。という思いで、わたしは口を開いた。
「あの、とりあえず、ここはどこなんですか?」
言ったところで相手に通じないことはわかっている。でも、何かをしなければと気持ちが働いた。言葉だけではなく、どうにか通じてほしい。「ここ」で人差し指を下に向ける。
そのかいがあってか、フードの人は何かに気づいたように小さな声を上げた。わたしの思いが通じたのだろうか。わずかな期待をこめて見返してみるけれど、顔の大半はフードで隠れていて口元しか見えない。
「そういえば裸ですね。気が利かず、すみませんでした」
「えっ?」
うつむくと、確かに何にも纏っていなかった。風通しが良いとは思っていたけれど、まさか裸だったとは。慌てて腕で胸を隠す。
わたしはずっと、こんな格好で人前にさらしていたというのか。特にフードの人には近くで見られていたはずだ。
一応、これでも女子。女としての色気は皆無だとしても、恥ずかしさは消えない。
そして、だんだんフードの人への怒りが沸いてきた。気を利かせるなら、もっと、前にしてほしかった。そうすれば、こんな恥ずかしい気持ちになる必要もなかったのだ。頬も熱い。もうこの場所から逃げ出したい。
ひとり恥ずかしさで悶えていたら、救いの神が現れた。
「救いの主様に服を」
フードの人の一声で集団のなかから、ひとり現れた。小柄なその人は服を一着、両腕に抱えている。わたしの目の前まで来ると、膝を落として、服を掲げた。
「えっと、服を貸してくれるんですか?」
受け取ってもいいのか悩む。でも、わたしに差し出されているわけだし、遠慮はいらないのかもしれない。胸を左腕で隠しつつ、右腕を伸ばす。服を受け取ろうとしたら、膝をついた人が「失礼いたします」といきなり立ち上がった。驚いた。しかも、若い女性の声だった。
彼女は両手で服の肩口を持って、わたしに迫ってくる。もしかして、着替えさせてくれるのだろうか。だけど、わざわざ着替えさせてくれなくてもいいと思う。それくらい自分でできるし。後退りをするわたしに、彼女は片手でフードを後ろに落とす。
白く艶やかな頬からシャープな顎にかけて、無駄な肉がついていない。後ろでひとつにまとめた髪の毛はフードが落ちたと同時に背中に流れた。至近距離の瞳にはにごりが一切ない。
「お立ちいただけますか?」
ためらいはあったものの、女性の前ということで不安は少しまぎれた。彼女がいるおかげで、陰になっているし。もう考えるのはやめよう。
立ってしまえば、あとは女性が勝手にやってくれた。着せ終わると、女性はまた一礼して、群衆のなかに戻っていった。
白い服の裾をつまんで広げてみる。袖の裾が絞まっていて、腕回りはちょっとふっくらしている。お腹の部分は余裕があって、指で摘まめるほどだった。なかなか可愛いワンピースだ。
「さて、それでは参りましょうか」
どこへ参るのですか。そんな質問をしたところでやはり、応えてくれるわけもなく。
白い手のひらがわたしの前に突き出される。その手を取れと言っているのかもしれない。この薄暗い部屋と無数の視線から抜け出せるなら、従うのもいいかもしれない。
でも、知らない人の手を取るのはちょっと抵抗がある。勇気がなくて、中途半端に手を伸ばしたままでいると、「救いの主様」と優しい声に呼びかけられた。耳もとに唇が寄せられる。
「時間は有限だ。手を取らないというのなら、ここに置いていくまで」
完全に脅しだった。だけど、さすがに暗闇の部屋に取り残されるのは嫌というか。無数の視線にさらされているのも居心地が悪すぎる。つまり、結局、答えはひとつしかなかった。置いていかないでほしい。わたしは彼の手に自分の手を重ねた。
救いの主様以前に、そもそもの話、ここはどこなのだろうと思う。明らかに自分の部屋ではないはずだ。薄暗く、窓のようなものも見えない。
でも、自分の部屋がどういうものだったかを思い浮かべようとしても、なぜか、頭の奥が鈍く痛む。まるで、記憶を取り出そうとするのを邪魔をしているみたいだ。
わたしはどこから来たのか。名前以外の記憶はどこへ行ってしまったのか。
頭を抱える。ダメだ。名前だけは思い出せたものの、今のところ「絵茉」以外のことは何も覚えていない。深く考えてみても、八方塞がり。過去がダメなら今を知るしかない。という思いで、わたしは口を開いた。
「あの、とりあえず、ここはどこなんですか?」
言ったところで相手に通じないことはわかっている。でも、何かをしなければと気持ちが働いた。言葉だけではなく、どうにか通じてほしい。「ここ」で人差し指を下に向ける。
そのかいがあってか、フードの人は何かに気づいたように小さな声を上げた。わたしの思いが通じたのだろうか。わずかな期待をこめて見返してみるけれど、顔の大半はフードで隠れていて口元しか見えない。
「そういえば裸ですね。気が利かず、すみませんでした」
「えっ?」
うつむくと、確かに何にも纏っていなかった。風通しが良いとは思っていたけれど、まさか裸だったとは。慌てて腕で胸を隠す。
わたしはずっと、こんな格好で人前にさらしていたというのか。特にフードの人には近くで見られていたはずだ。
一応、これでも女子。女としての色気は皆無だとしても、恥ずかしさは消えない。
そして、だんだんフードの人への怒りが沸いてきた。気を利かせるなら、もっと、前にしてほしかった。そうすれば、こんな恥ずかしい気持ちになる必要もなかったのだ。頬も熱い。もうこの場所から逃げ出したい。
ひとり恥ずかしさで悶えていたら、救いの神が現れた。
「救いの主様に服を」
フードの人の一声で集団のなかから、ひとり現れた。小柄なその人は服を一着、両腕に抱えている。わたしの目の前まで来ると、膝を落として、服を掲げた。
「えっと、服を貸してくれるんですか?」
受け取ってもいいのか悩む。でも、わたしに差し出されているわけだし、遠慮はいらないのかもしれない。胸を左腕で隠しつつ、右腕を伸ばす。服を受け取ろうとしたら、膝をついた人が「失礼いたします」といきなり立ち上がった。驚いた。しかも、若い女性の声だった。
彼女は両手で服の肩口を持って、わたしに迫ってくる。もしかして、着替えさせてくれるのだろうか。だけど、わざわざ着替えさせてくれなくてもいいと思う。それくらい自分でできるし。後退りをするわたしに、彼女は片手でフードを後ろに落とす。
白く艶やかな頬からシャープな顎にかけて、無駄な肉がついていない。後ろでひとつにまとめた髪の毛はフードが落ちたと同時に背中に流れた。至近距離の瞳にはにごりが一切ない。
「お立ちいただけますか?」
ためらいはあったものの、女性の前ということで不安は少しまぎれた。彼女がいるおかげで、陰になっているし。もう考えるのはやめよう。
立ってしまえば、あとは女性が勝手にやってくれた。着せ終わると、女性はまた一礼して、群衆のなかに戻っていった。
白い服の裾をつまんで広げてみる。袖の裾が絞まっていて、腕回りはちょっとふっくらしている。お腹の部分は余裕があって、指で摘まめるほどだった。なかなか可愛いワンピースだ。
「さて、それでは参りましょうか」
どこへ参るのですか。そんな質問をしたところでやはり、応えてくれるわけもなく。
白い手のひらがわたしの前に突き出される。その手を取れと言っているのかもしれない。この薄暗い部屋と無数の視線から抜け出せるなら、従うのもいいかもしれない。
でも、知らない人の手を取るのはちょっと抵抗がある。勇気がなくて、中途半端に手を伸ばしたままでいると、「救いの主様」と優しい声に呼びかけられた。耳もとに唇が寄せられる。
「時間は有限だ。手を取らないというのなら、ここに置いていくまで」
完全に脅しだった。だけど、さすがに暗闇の部屋に取り残されるのは嫌というか。無数の視線にさらされているのも居心地が悪すぎる。つまり、結局、答えはひとつしかなかった。置いていかないでほしい。わたしは彼の手に自分の手を重ねた。