すべての元凶はあなた
第18話『舞いの稽古』
それから毎日、稽古は続いた。はじめは筋肉痛との戦いだった。あらゆる筋肉が痛み出して、ベッドから起き上がれないということもあった。
もう起きるのは諦めようかと思っていたら、ウィルが寝室まで来て、「起きろ、救い主」と無理やり起こしてきた。ウィルいわく、救い主に休みはないらしい。
そんなこんなで、やっていくうちに体は解れていき、音楽がないところから、ウィルの許可で笛の音があるところまで来た。
ウィルが言っていた、この舞いのひとつひとつの動作に意味があるのだと。その意味を強く感じなければ、正しく踊ったところで無意味だと。
魂を静めるための舞い。息も上がらないようになり、踊っている間に考える余裕もできた。戦で倒れた魂をすくいあげ、天へと掲げる。その先を導き、残った者たちへ祈りを捧げる。
最後になった今日も、ミアさんが横笛を吹いてくれる。軽やかな音は、わたしを包みこんでくれるかのように優しかった。
元の世界でもこんな風に汗を流すことがあっただろうか。記憶はない。
床に落ちた汗に足が滑りそうになりながら、転げないよう踏ん張る。流れる音に合わせて、踏む足がどんどん速くなってくる。床を蹴る足が力強くなっていく。額からこめかみ、顎にかけて汗が伝っていく。拭っている余裕はない。笛の音色が終わるタイミングに合わせて、両足を揃えた。
踊り切ったとき、ウィルは「いいだろう」と偉そうに言った。いつもならいちいち腹を立てるところでも、そんな一言で泣きたくなるくらいに、わたしの感情は昂っていた。
言葉はわからなくてもいい。涙を流せば、ミアさんがわたしに寄り添ってくれる。朝から晩までつきっきりで世話をしてくれたミアさんには、本当に頭が上がらない。
「ありがとうございます」
「救い主様、本当にお疲れ様です」
細くやわらかい腕に抱き締められたら、もっと泣きたくなった。この世界に来て、ミアさんのような優しい人に会ったのははじめてだったから、嬉しかった。感動のあまり、鼻水をすすっていると、頭をぐっと押さえつけられた。
何? と思って見上げてみれば、口元しか視界に入ってこない。手で頭を固定されているため、それより上を見せてくれないのだ。だけれど、この手がウィルのものであることはわかる。ウィルの薄い唇の端が違和感なく上がっていた。
――笑っている? ここで、ウィルが笑うなんて。
わたしが驚いている隙に、頭に乗った手のひらは離れていく。笑ったうえに、頭に手を乗せたのは何故だろう。まさか、あれで労っているつもりなのか。ウィルらしくない。あんなウィルを知らない。
ウィルが去っていった扉を眺めていたら、それをどう取ったのか、ミアさんが「ウィル様はよく誤解されます」と言った。
「とても慈悲深い方なのです」とも。
言葉通りに受け取っていいものか、わからない。ミアさんの目にはウィルがどう映っているのだろうか。慈悲深い人が異世界人を呼び出すだけ呼び出して、「お前は仮の救い主」だと言うだろうか。
きっと、言わないと思う。例え、言葉だけがその人のすべてを映さないとしても、慈悲深いとは違うはずだ。
危なかった。もう少しでミアさんの見方に同意してしまうところだった。ウィルは敵なのだ、間違いなく。
それから毎日、稽古は続いた。はじめは筋肉痛との戦いだった。あらゆる筋肉が痛み出して、ベッドから起き上がれないということもあった。
もう起きるのは諦めようかと思っていたら、ウィルが寝室まで来て、「起きろ、救い主」と無理やり起こしてきた。ウィルいわく、救い主に休みはないらしい。
そんなこんなで、やっていくうちに体は解れていき、音楽がないところから、ウィルの許可で笛の音があるところまで来た。
ウィルが言っていた、この舞いのひとつひとつの動作に意味があるのだと。その意味を強く感じなければ、正しく踊ったところで無意味だと。
魂を静めるための舞い。息も上がらないようになり、踊っている間に考える余裕もできた。戦で倒れた魂をすくいあげ、天へと掲げる。その先を導き、残った者たちへ祈りを捧げる。
最後になった今日も、ミアさんが横笛を吹いてくれる。軽やかな音は、わたしを包みこんでくれるかのように優しかった。
元の世界でもこんな風に汗を流すことがあっただろうか。記憶はない。
床に落ちた汗に足が滑りそうになりながら、転げないよう踏ん張る。流れる音に合わせて、踏む足がどんどん速くなってくる。床を蹴る足が力強くなっていく。額からこめかみ、顎にかけて汗が伝っていく。拭っている余裕はない。笛の音色が終わるタイミングに合わせて、両足を揃えた。
踊り切ったとき、ウィルは「いいだろう」と偉そうに言った。いつもならいちいち腹を立てるところでも、そんな一言で泣きたくなるくらいに、わたしの感情は昂っていた。
言葉はわからなくてもいい。涙を流せば、ミアさんがわたしに寄り添ってくれる。朝から晩までつきっきりで世話をしてくれたミアさんには、本当に頭が上がらない。
「ありがとうございます」
「救い主様、本当にお疲れ様です」
細くやわらかい腕に抱き締められたら、もっと泣きたくなった。この世界に来て、ミアさんのような優しい人に会ったのははじめてだったから、嬉しかった。感動のあまり、鼻水をすすっていると、頭をぐっと押さえつけられた。
何? と思って見上げてみれば、口元しか視界に入ってこない。手で頭を固定されているため、それより上を見せてくれないのだ。だけれど、この手がウィルのものであることはわかる。ウィルの薄い唇の端が違和感なく上がっていた。
――笑っている? ここで、ウィルが笑うなんて。
わたしが驚いている隙に、頭に乗った手のひらは離れていく。笑ったうえに、頭に手を乗せたのは何故だろう。まさか、あれで労っているつもりなのか。ウィルらしくない。あんなウィルを知らない。
ウィルが去っていった扉を眺めていたら、それをどう取ったのか、ミアさんが「ウィル様はよく誤解されます」と言った。
「とても慈悲深い方なのです」とも。
言葉通りに受け取っていいものか、わからない。ミアさんの目にはウィルがどう映っているのだろうか。慈悲深い人が異世界人を呼び出すだけ呼び出して、「お前は仮の救い主」だと言うだろうか。
きっと、言わないと思う。例え、言葉だけがその人のすべてを映さないとしても、慈悲深いとは違うはずだ。
危なかった。もう少しでミアさんの見方に同意してしまうところだった。ウィルは敵なのだ、間違いなく。