すべての元凶はあなた
第17話『やってみろ』
今日のお勤めが終わってしまった。夕飯も平らげてしまった。できるなら、このまま眠りたい。そうは思っても、ウィルが待っている。
彼は夕飯時に現れて、部屋のソファーに座って瞼を伏せていた。わたしがこそこそと寝室に逃げようとすれば、後ろ襟を捕まれた。
「逃げるなよ」
逃げ切れなかった。寝室に籠城したかったのにできなかった。
「約束は覚えているだろうな?」
はいはい、覚えていますよ、という感じだ。いつにも増して鋭く光る青い瞳が、わたしを捕らえて離さない。遠くで見る分には目の保養になりそうな顔なのに、近づくととても危険だ。
ウィルにしたがって部屋の中央に来てみたけれど、どうやって、わたしに舞いを教えるつもりなのだろう。
まさか、ウィルが舞いを踊って見せるとか? 何か想像したら面白い。あの怖い顔で平然と踊られたら、かなりシュールな気がする。声を出さないように喉の奥で笑うのが結構、苦しい。肩が震えてしまうし。
じっと耐えていたら、ノックがされた。扉に意識が移って、笑いの虫が治まった。良かった、助かった。扉が開かれて、ミアさんが部屋に入ってくる。
「失礼いたします」
ミアさんの装いがいつもと違っていた。天使というのは言い過ぎかもしれない。でも、白い衣からのぞく透き通る肌と華奢な手足は、どこか、この世のものではない雰囲気を出していた。
ミアさんは靴を履いておらず、手首と足首には鈴のようなものがついている。頭の飾りにも鈴があった。歩くだけでも軽やかな音が鳴った。
「ミアの舞いを真似しろ」
一礼をしたミアさん。頭を上げたとき、雰囲気ががらりと変わった。細められた瞳がどこか遠くを見ているような気がした。
ゆっくりとした動作で腕が円を描く。足も爪先まで伸ばされ、床を滑っていく。指先まで行き届いた意識は、美しく見せる。やわらかい素材の袖は、腕を上げると白い肌がのぞいた。
「綺麗」
そのくらいの感想しか出てこない。優雅な動きから一転して、後半にかけて鈴の音が激しくなっていく。舞いが音を紡いでいくような不思議な感覚を受ける。教わるというよりかはもうただ観ているだけ。
圧倒されて、眺めているうちに、ミアさんの舞いはあっという間に終わってしまった。
「やってみろ」
そうだった。真似をしなくてはいけなかったのだ。
ウィルに言われて、ミアさんがやったように自分の腕を上げてみる。けれど、腕を上げて円を描くようにしてみても、全然違う気がした。
足も同じくやってみると、股の辺りがつりそうになる。左足を軸にして、右足を床に滑らせたときに、とうとう足の指がつった。
痛くて迷わず、ソファーにダイブする。運動不足がここにもたたるか。足の指をさすって、ちゃんと動くまで耐える。本当に恥ずかしいし、情けないし、で、顔全体が熱を持ってくる。
ウィルに何か言われるだろうか。不安になって、ちらっと眺めたら、案外、不機嫌でも無さそうだった。
「お前が一度でできるとは思っていない。こいつが立ち直ったら、ミア、今度はゆっくりやってやれ」
何というか、拍子抜けだった。てっきり「間抜けめ」とか、「どんくさい」とか言われるかもと思っていたのに、それが全然ない。同時に、真剣なのだと思った。人を小馬鹿にすることもなく、ただわたしに舞いを踊らせたいのだ。
――やってみよう。ウィルが提示したことで、はじめて自らやってみたいとソファーから立ち上がった。
今日のお勤めが終わってしまった。夕飯も平らげてしまった。できるなら、このまま眠りたい。そうは思っても、ウィルが待っている。
彼は夕飯時に現れて、部屋のソファーに座って瞼を伏せていた。わたしがこそこそと寝室に逃げようとすれば、後ろ襟を捕まれた。
「逃げるなよ」
逃げ切れなかった。寝室に籠城したかったのにできなかった。
「約束は覚えているだろうな?」
はいはい、覚えていますよ、という感じだ。いつにも増して鋭く光る青い瞳が、わたしを捕らえて離さない。遠くで見る分には目の保養になりそうな顔なのに、近づくととても危険だ。
ウィルにしたがって部屋の中央に来てみたけれど、どうやって、わたしに舞いを教えるつもりなのだろう。
まさか、ウィルが舞いを踊って見せるとか? 何か想像したら面白い。あの怖い顔で平然と踊られたら、かなりシュールな気がする。声を出さないように喉の奥で笑うのが結構、苦しい。肩が震えてしまうし。
じっと耐えていたら、ノックがされた。扉に意識が移って、笑いの虫が治まった。良かった、助かった。扉が開かれて、ミアさんが部屋に入ってくる。
「失礼いたします」
ミアさんの装いがいつもと違っていた。天使というのは言い過ぎかもしれない。でも、白い衣からのぞく透き通る肌と華奢な手足は、どこか、この世のものではない雰囲気を出していた。
ミアさんは靴を履いておらず、手首と足首には鈴のようなものがついている。頭の飾りにも鈴があった。歩くだけでも軽やかな音が鳴った。
「ミアの舞いを真似しろ」
一礼をしたミアさん。頭を上げたとき、雰囲気ががらりと変わった。細められた瞳がどこか遠くを見ているような気がした。
ゆっくりとした動作で腕が円を描く。足も爪先まで伸ばされ、床を滑っていく。指先まで行き届いた意識は、美しく見せる。やわらかい素材の袖は、腕を上げると白い肌がのぞいた。
「綺麗」
そのくらいの感想しか出てこない。優雅な動きから一転して、後半にかけて鈴の音が激しくなっていく。舞いが音を紡いでいくような不思議な感覚を受ける。教わるというよりかはもうただ観ているだけ。
圧倒されて、眺めているうちに、ミアさんの舞いはあっという間に終わってしまった。
「やってみろ」
そうだった。真似をしなくてはいけなかったのだ。
ウィルに言われて、ミアさんがやったように自分の腕を上げてみる。けれど、腕を上げて円を描くようにしてみても、全然違う気がした。
足も同じくやってみると、股の辺りがつりそうになる。左足を軸にして、右足を床に滑らせたときに、とうとう足の指がつった。
痛くて迷わず、ソファーにダイブする。運動不足がここにもたたるか。足の指をさすって、ちゃんと動くまで耐える。本当に恥ずかしいし、情けないし、で、顔全体が熱を持ってくる。
ウィルに何か言われるだろうか。不安になって、ちらっと眺めたら、案外、不機嫌でも無さそうだった。
「お前が一度でできるとは思っていない。こいつが立ち直ったら、ミア、今度はゆっくりやってやれ」
何というか、拍子抜けだった。てっきり「間抜けめ」とか、「どんくさい」とか言われるかもと思っていたのに、それが全然ない。同時に、真剣なのだと思った。人を小馬鹿にすることもなく、ただわたしに舞いを踊らせたいのだ。
――やってみよう。ウィルが提示したことで、はじめて自らやってみたいとソファーから立ち上がった。