すべての元凶はあなた
第14話『ローラントと』
困った、何で引き止めたのだろう。引き止めたくせに何もない。ローラントだって、困っていると思う。何か理由を見つけなきゃ。そう焦っていたら、1つだけ思い当たった。
「あ、約束」
ローラントから提案された、後でドラゴンを好きなだけ見るという約束だ。ウィルのせいで邪魔をされてしまったけれど、それなら引き止める理由になるはずだ。部屋にあった燭台を適当に掴み、改めてローラントと向かい合う。彼の服をつんと引く。
「エマ様?」
ローラントが驚くのも無理はない。自分でもかなり積極的に動いていると思う。
口を開けて、まだ声を上げるつもりらしいローラントに、わたしは人差し指を自分の唇につける。静かにしてほしいという気持ちをこめれば、ローラントが口をつぐんだ。このしぐさはどこの世界でも通じるらしい。
「しかし、エマ様、どうして……」
どうしてか、ちゃんと説明できればいいのだけれど、わたしには言葉がないから伝えられない。向こうも話が通じなくて焦れったいと思う。
もう一度、体を寄せてローラントの腕を引けば、思ったよりも抵抗がなく部屋から出られた。
足早に昼間、ドラゴンが見えていた位置まで来た。わたしが空に向かって指を差すと、ローラントが声を上げる。ようやく思い出してくれたようだった。
「なるほど。昼間の約束ですね」
気づいてくれて嬉しい。でも、わたしの心は晴れなかった。神殿の柱の間からは暗闇が広がるばかりだ。翼の音もなく、肌寒いだけの風が吹いている。がんばって柱の間から燭台をつき出してみても、火が揺れ動くだけで、まったく何にもない。
「しかし、夜には竜も飛びません」
ローラントからの追い打ちで、ますます落ちこんだ。結局、見られなかった。それもこれもウィルのせいだ。ウィルが訓練とか言い出すから、時間がかかってしまった。ドラゴン、見たかったのに。
落ちこむわたしの足元に光の欠片が降り落ちてくる。
「えっ?」
見上げると、光がぽつぽつと崖の上の方から落ちてくる。手を掲げると、そのひとつが手のひらに静かに舞い落りた。
「綺麗……」
白い光が収縮する中心をよく見てみると、足や触角がある。羽が動いている。これは見間違いではない。
「虫!」
虫は苦手だ。払い落とそうと何度も手を振る。そのかいあって虫は飛び去ったのだけれど、誤って隣の柱に手をぶつけた。地味に痛い。燭台は何とか死守した。
相変わらず、元の世界での記憶はまるでないけれど、わたしってダサい。きっと、運動神経も鈍いのだろう。そんなこと知りたくなかった。自分に嫌気が差していたら、
「エマ様! 大丈夫ですか!」
固い手のひらがわたしの手をすくいとる。傷んだ指を優しく包みこんでくれる。手のひらの温もりから脈を通って、胸の辺りが熱を持ってくる。
顔を上げると、ローラントがすぐ近くに迫っていた。わたしより指の方を気にしているみたいだけれど、まつ毛の長さとか、闇がローラントの整った顔を際立たせている気がする。
「ローラント」そう呼べば、瞳がわたしを見る。触れていた温もりが離れていく。
「エマ様」
ローラントの両手がわたしの肩に置かれた。身長差があるため、かがんだ体勢でわたしを見下ろしてくる。ゆっくりと近づいてくる瞳の奥は、どんな感情を持っているのか読めない。
だけど、とうとう鼻先が触れそうなほど近づいてしまった。顔が傾いて……。
――まさか、ちょっと待ってほしい! キスなんて冗談にもならない! 突き飛ばそうとしたところで、「おい」と凄みの効いた声がした。
困った、何で引き止めたのだろう。引き止めたくせに何もない。ローラントだって、困っていると思う。何か理由を見つけなきゃ。そう焦っていたら、1つだけ思い当たった。
「あ、約束」
ローラントから提案された、後でドラゴンを好きなだけ見るという約束だ。ウィルのせいで邪魔をされてしまったけれど、それなら引き止める理由になるはずだ。部屋にあった燭台を適当に掴み、改めてローラントと向かい合う。彼の服をつんと引く。
「エマ様?」
ローラントが驚くのも無理はない。自分でもかなり積極的に動いていると思う。
口を開けて、まだ声を上げるつもりらしいローラントに、わたしは人差し指を自分の唇につける。静かにしてほしいという気持ちをこめれば、ローラントが口をつぐんだ。このしぐさはどこの世界でも通じるらしい。
「しかし、エマ様、どうして……」
どうしてか、ちゃんと説明できればいいのだけれど、わたしには言葉がないから伝えられない。向こうも話が通じなくて焦れったいと思う。
もう一度、体を寄せてローラントの腕を引けば、思ったよりも抵抗がなく部屋から出られた。
足早に昼間、ドラゴンが見えていた位置まで来た。わたしが空に向かって指を差すと、ローラントが声を上げる。ようやく思い出してくれたようだった。
「なるほど。昼間の約束ですね」
気づいてくれて嬉しい。でも、わたしの心は晴れなかった。神殿の柱の間からは暗闇が広がるばかりだ。翼の音もなく、肌寒いだけの風が吹いている。がんばって柱の間から燭台をつき出してみても、火が揺れ動くだけで、まったく何にもない。
「しかし、夜には竜も飛びません」
ローラントからの追い打ちで、ますます落ちこんだ。結局、見られなかった。それもこれもウィルのせいだ。ウィルが訓練とか言い出すから、時間がかかってしまった。ドラゴン、見たかったのに。
落ちこむわたしの足元に光の欠片が降り落ちてくる。
「えっ?」
見上げると、光がぽつぽつと崖の上の方から落ちてくる。手を掲げると、そのひとつが手のひらに静かに舞い落りた。
「綺麗……」
白い光が収縮する中心をよく見てみると、足や触角がある。羽が動いている。これは見間違いではない。
「虫!」
虫は苦手だ。払い落とそうと何度も手を振る。そのかいあって虫は飛び去ったのだけれど、誤って隣の柱に手をぶつけた。地味に痛い。燭台は何とか死守した。
相変わらず、元の世界での記憶はまるでないけれど、わたしってダサい。きっと、運動神経も鈍いのだろう。そんなこと知りたくなかった。自分に嫌気が差していたら、
「エマ様! 大丈夫ですか!」
固い手のひらがわたしの手をすくいとる。傷んだ指を優しく包みこんでくれる。手のひらの温もりから脈を通って、胸の辺りが熱を持ってくる。
顔を上げると、ローラントがすぐ近くに迫っていた。わたしより指の方を気にしているみたいだけれど、まつ毛の長さとか、闇がローラントの整った顔を際立たせている気がする。
「ローラント」そう呼べば、瞳がわたしを見る。触れていた温もりが離れていく。
「エマ様」
ローラントの両手がわたしの肩に置かれた。身長差があるため、かがんだ体勢でわたしを見下ろしてくる。ゆっくりと近づいてくる瞳の奥は、どんな感情を持っているのか読めない。
だけど、とうとう鼻先が触れそうなほど近づいてしまった。顔が傾いて……。
――まさか、ちょっと待ってほしい! キスなんて冗談にもならない! 突き飛ばそうとしたところで、「おい」と凄みの効いた声がした。