すべての元凶はあなた
第13話『食事の時間』
ウィルからのお許しが出たのは、燭台を必要とする頃だった。部屋に戻ると、わたしは真っ先に頭の飾りをテーブルに上げた。これが体にも心にもかなりの重荷になっていた。身軽となった体で、ソファーへと倒れこむ。
クッションのない固めのソファーは、ますます体が痛くなりそうだけれど、本当に疲れたのだから仕方ない。背中の辺り、使ったことのない筋肉が固まった。もう動きたくない。痛くてうつ伏せになる。
「エマ様、お疲れですか?」
ローラントも部屋に入ってきたらしい。まさかついてきたなんて、周りを見る余裕が無くて、気づくのが遅れた。ローラントの前で変な格好をさらしている事実に驚いて、飛び起きた。
一応、性別は女だ。スカートもはいているし、恥ずかしさもあるのだ。服のシワを整えてから、眼鏡の奥を真っ直ぐ見て、ローラントの問いかけにうなずく。
救い主となって初めての仕事だった。何よりその後のウィルの指導が厳しかった。自分だって歩くときはうつむき加減のくせに、人には厳しい。
「それにしても、ウィル様。エマ様にもあの態度とは、何を考えているのでしょう」
「エマ様にも」には驚いた。
「ローラントも?」
手でローラントを示せば、伝わったらしくうなずいてくれた。
「ええ。あの方は誰に対してもああなのです。しかし、エマ様にも『お前』だとか失礼な態度を……」
おそらく、ローラントもわたしが仮の救い主だとは知らないのではないだろうか。だから、同情してくれる。もし違うとわかったら、ウィルばりの冷たい瞳で見つめられるかもしれない。想像して鼻の奥がつんと痛むのは、気のせいだと思いたい。
その間も、ローラントはぶつぶつと不満をこぼしている。ウィルとは相当、仲が良い(もしくは仲が悪い)のだなあと思った。わたしがぼんやり眺めていると、ローラントは瞳を瞬かせた。
「も、申し訳ありません。エマ様にこんな愚痴を聞かせてしまって本当に面目ありません」
半分以上は聞いていないで、顔を眺めていただけれど、いちいち口を出すのはやめた。わたしもウィルには不満がある。同じ気持ちだとわかったら、少し親近感がわいた。
ローラントの前だからと、大人しくソファーに腰をかけていると、ミアさんがやってきた。両手には銀色のトレーを持っていた。トレーに載ったお皿には野菜や肉はなく、シンプルにスープとパンが今日のメニューらしい。
ミアさんはテーブルにトレーを静かに置くと、クロスをかけた。岩を切り崩しただけのような固いテーブルに花柄のクロスがかけられて、華やかになる。その上にお皿とスプーンが丁寧に置かれた。深めのお皿には湯気が立ち上っている。
「わたしが食べていいんですか?」
お皿から自分の口の順番に指を差してみると、ミアさんは「どうぞ」と了承してくれた。
昨日から何にも食べていないわたしにとって、ごちそうだった。手を合わせて「いただきます」と言う。
がっつかないように気持ちを抑えながら、スープを一口すする。ハーブの香りが口のなかに広がる。パンをちぎると、ぼそっと抜けるほど固い。ぼそぼそ感はスープに浸して食べるとちょうどよかった。
ふたりに見守られながら食事を終えると、ミアさんはトレーを持って部屋から出ていった。そうなると、ローラントとふたりきり。ふたりという状況を意識すると途端に恥ずかしくなる。
何か話した方がいいのか。でもきっと通じないし、身ぶり手振りで伝えようとしても限界がある。辺りは静かだというのに、頭のなかはうるさい。困っていると、「エマ様」と先を取られた。
「はい!」
「儀式でのお言葉……わたしにはエマ様のお使いになる言葉の意味はわかりませんが、心に届きました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
何となく頭を下げる。慌てたようにローラントも頭を下げた。お互いに同じことをして、顔を上げると、おかしくて自然と笑いがもれた。
和んだところなのに、ローラントは咳をして笑みを消す。「過ぎたことを申しました」と部屋を出ていこうとする。
「ちょっと待って」
わたしは後先を考えずに、ローラントの腕を取っていた。
ウィルからのお許しが出たのは、燭台を必要とする頃だった。部屋に戻ると、わたしは真っ先に頭の飾りをテーブルに上げた。これが体にも心にもかなりの重荷になっていた。身軽となった体で、ソファーへと倒れこむ。
クッションのない固めのソファーは、ますます体が痛くなりそうだけれど、本当に疲れたのだから仕方ない。背中の辺り、使ったことのない筋肉が固まった。もう動きたくない。痛くてうつ伏せになる。
「エマ様、お疲れですか?」
ローラントも部屋に入ってきたらしい。まさかついてきたなんて、周りを見る余裕が無くて、気づくのが遅れた。ローラントの前で変な格好をさらしている事実に驚いて、飛び起きた。
一応、性別は女だ。スカートもはいているし、恥ずかしさもあるのだ。服のシワを整えてから、眼鏡の奥を真っ直ぐ見て、ローラントの問いかけにうなずく。
救い主となって初めての仕事だった。何よりその後のウィルの指導が厳しかった。自分だって歩くときはうつむき加減のくせに、人には厳しい。
「それにしても、ウィル様。エマ様にもあの態度とは、何を考えているのでしょう」
「エマ様にも」には驚いた。
「ローラントも?」
手でローラントを示せば、伝わったらしくうなずいてくれた。
「ええ。あの方は誰に対してもああなのです。しかし、エマ様にも『お前』だとか失礼な態度を……」
おそらく、ローラントもわたしが仮の救い主だとは知らないのではないだろうか。だから、同情してくれる。もし違うとわかったら、ウィルばりの冷たい瞳で見つめられるかもしれない。想像して鼻の奥がつんと痛むのは、気のせいだと思いたい。
その間も、ローラントはぶつぶつと不満をこぼしている。ウィルとは相当、仲が良い(もしくは仲が悪い)のだなあと思った。わたしがぼんやり眺めていると、ローラントは瞳を瞬かせた。
「も、申し訳ありません。エマ様にこんな愚痴を聞かせてしまって本当に面目ありません」
半分以上は聞いていないで、顔を眺めていただけれど、いちいち口を出すのはやめた。わたしもウィルには不満がある。同じ気持ちだとわかったら、少し親近感がわいた。
ローラントの前だからと、大人しくソファーに腰をかけていると、ミアさんがやってきた。両手には銀色のトレーを持っていた。トレーに載ったお皿には野菜や肉はなく、シンプルにスープとパンが今日のメニューらしい。
ミアさんはテーブルにトレーを静かに置くと、クロスをかけた。岩を切り崩しただけのような固いテーブルに花柄のクロスがかけられて、華やかになる。その上にお皿とスプーンが丁寧に置かれた。深めのお皿には湯気が立ち上っている。
「わたしが食べていいんですか?」
お皿から自分の口の順番に指を差してみると、ミアさんは「どうぞ」と了承してくれた。
昨日から何にも食べていないわたしにとって、ごちそうだった。手を合わせて「いただきます」と言う。
がっつかないように気持ちを抑えながら、スープを一口すする。ハーブの香りが口のなかに広がる。パンをちぎると、ぼそっと抜けるほど固い。ぼそぼそ感はスープに浸して食べるとちょうどよかった。
ふたりに見守られながら食事を終えると、ミアさんはトレーを持って部屋から出ていった。そうなると、ローラントとふたりきり。ふたりという状況を意識すると途端に恥ずかしくなる。
何か話した方がいいのか。でもきっと通じないし、身ぶり手振りで伝えようとしても限界がある。辺りは静かだというのに、頭のなかはうるさい。困っていると、「エマ様」と先を取られた。
「はい!」
「儀式でのお言葉……わたしにはエマ様のお使いになる言葉の意味はわかりませんが、心に届きました。ありがとうございます」
「いえいえ、こちらこそ」
何となく頭を下げる。慌てたようにローラントも頭を下げた。お互いに同じことをして、顔を上げると、おかしくて自然と笑いがもれた。
和んだところなのに、ローラントは咳をして笑みを消す。「過ぎたことを申しました」と部屋を出ていこうとする。
「ちょっと待って」
わたしは後先を考えずに、ローラントの腕を取っていた。