すべての元凶はあなた

第12話『儀式』

 会場は思ったよりも広い場所だった。高い天井、壁や柱は年季が入っていて、かなり昔から使われていた場所だとわかる。

 奥には階段があり、その先には1脚の椅子があった。頭がもたれても平気なくらいの長い背もたれに、ひじかけもある。こんな豪華な椅子に誰が座るのかといえば、おそらくも何も、わたしなのだろう。

 「座りにくそう」と愚痴をこぼしても誰も聞いてくれる人はいない。ウィルはわたしの声に耳を貸すどころか、好きに話していた。

「お前は余計なことはせずに、ただ座っていればいい。だが、儀式の最後には腕を広げ、何かを叫べ」

「叫べって、何を?」と聞く前にウィルにさえぎられる。

「叫ぶものは何でもいい。お前の世界の言葉を知るものはいないからな」

 だとしても、いちいち気にさわる言い方だ。ウィルはわたしの背後に回ると、わたしの両腕を無理やり広げた。おそらく、こんな感じにしろということなのだろう。

 それにしても近い。嫌でも背中にウィルがいる気配がする。「おい、もっと上げろ」なんて突然、耳元で声がするから、「ふあ」と変な声が出てしまった。

 くすぐったかっただけで他意はない。ウィルは黙ってわたしの腕を下ろす。どう思ったのだろう。何か言われるかと思ったのに、反応はない。

「早く座れ」

 ウィルには聞こえなかったのかもしれない。それならそれで救われた気がした。

 椅子に座ると会場に人が現れ始めた。わたしを見てありがたげに手を合わせる人や膝をついて涙を流す人もいた。仮の「救い主」だというのに、そこまでありがたく思ってもらうと申し訳なくなってくる。

 会場に入るには寄付金や供え物が必要らしかった。仮なんですよ。偽者なんですよ。ウィルなんかに寄付金や供え物を渡さなくていいんですよ、と言ってしまいたい。言ったところで「お前の世界の言葉を知るものはいない」ことはわかっているけれど。

 ウィルは椅子の前に立ち、会場に集まった人々を相手にして儀式の始まりを宣言した。救い主がどうやって降臨をしたかを語る様は、とても「お前は仮の救い主だ」と言った同じ人とは思えなかった。

「かつて、救いの主様はこの世界を平和に導きました。それは目に見えるものではなく、我々の心を平穏にし、結果的に平和な世を作ったのです」

 それはつまり、目に見える平和でなくても、人間の心が平穏なら、周りが地獄でも平和だと。ようは人の気持ち次第だと、ウィルは言っているようだ。わたしがひねくれているのかもしれないけれど、結果的に救い主は何にもしてないのではと思った。

「昨今、東と西の国が戦いをはじめようとしております。今こそ、救いの主様の力が必要なのです」

 そんな大きな戦いに救い主なんかが何をできるというのだろう。せいぜいわたしなんて、椅子に座って人の話を聞くぐらいしかできない。今みたいに笑みを浮かべたまま、みんなの前にいることしかできない。こんなのが救い主なのだろうか。

 考えている間にウィルの話は大体終わったらしく、「救いの主様、お言葉をいただけますか?」と促された。

 みんなの期待の目がわたしに突き刺さる。青い瞳、緑色の瞳、琥珀色の瞳、色んな色の瞳がある。

 ゆっくり見渡して、近くのローラントと目が合った。眼鏡の奥も優しい瞳をして、安らぐような微笑を浮かべてくれる。「大丈夫」と言われているようで肩の力が抜ける。ローラントのこういうところが好きかもしれない。

 最後にウィル。みんなに背を向けているからってわたしをにらむなと思う。やらなければいけないことは、わたしにだってわかっている。ウィルのこういうところは苦手だ。

 椅子から腰を上げる。大きく息を吐く。両腕をドラゴンの翼みたいに大袈裟に上げる。

 ――白いご飯食べたい! お風呂入りたい! あと、記憶取り戻したい! それで……元の世界に帰りたい!

 寸前までそう叫ぼうと思っていた。どうせ言葉は通じないのだし、何を言おうが自由だ。でも、通じない言葉だってそこに意味がある以上、責任は持ちたい。

「ウィルのことは信じちゃダメです! 嘘ばかりだし、猫かぶりで……。とにかく、わたしは仮の救い主ですけど、精一杯やってみます! できる限り、みなさんの声を聞きます!」

 声の限り、叫んだ。静まり返った会場にわたしの声が反響して、少しずつ余韻が消えていく。うまく叫べたと思っていたのに外してしまったのか。不安が胸を過る。

 声の余韻が消える前に、ローラントの拍手が先頭に立つ。遅れてぽつぽつと拍手が送られる。次に、歓声と拍手が沸き上がって、すさまじい音を響かせる。会場は一体化した。

 ウィルが閉会を宣言すると、儀式は終わった。儀式の後はローラントと一緒にドラゴン鑑賞へ……とはいかなかった。ウィルが「救い主としてお前は未熟だ。まず所作がなっていない」と難癖をつけてきたのだ。

「その背筋も気に食わない。直すぞ」

 わたしは絶望感に襲われた。
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