冤罪の宰相に救いの短剣を

第四話『家の厄介者』


 エリミーナはヴァルディスと別れると、その日のうちに行動を起こした。

 夢のエリミーナは喜ぶだけ喜んで、両親への婚約の報告もヴァルディスに任せていた。

 両親とは極力話したくなくて取った行動だった。だが、そんな悠長なことはやっていられない。

 両親にできるだけ早く報告すれば、婚約期間を縮められるかもしれない。破棄される前に婚姻できたら、夢のような結末にはならないかもしれない。

 どんな終わりを迎えたとしても、とにかくヴァルディスのそばにいたいと思った。

 早速、夕食の席で、両親と弟を前にした。

「本日、レジニエル家のヴァルディス様からの求婚をお受けしました」

 家族の前で堂々と顔を上げて話したのは、その夜が初めてだ。エリミーナは緊張で手が震えていても怖くはなかった。

 ヴァルディスから婚約破棄を言い出されたことや、彼という存在を失ったときの方がよほど怖い。そのことを身をもって知っている。

 父は後妻とその間に生まれた弟にしか関心を寄せていない。まだ王太子と婚約しているうちは、利用価値があったのだろう。

 王太子に破棄されてから、ますますエリミーナの存在を無視した。

 エリミーナの食事が食卓には並んでいないのは、父からの許しを得ていないためだ。婚約破棄された罪は思いの外、重い。

 後で食事を自室まで運ぶ。歓迎されていない食卓に着くよりも、遥かに自室で食べた方が美味しいだろうと思った。そのためにも、報告をすぐに終わらせたかった。

 父は家族の厄介者を捌けて嬉しいのだろう。相手が宰相であることや、幼い頃からの縁も含めて「でかした」と褒めた。

「宰相閣下から、お前への求婚の話が出た時は疑ったものだが、本気だったようだな」

 滞りなく婚約を進めて、早く婚姻しろと迫ってくる。

「私もいち早くヴァルディス様との婚姻を望んでいるので、父上からの後押しがあれば、心強く思います」

 要はローヴェルト家の方からも、早く婚姻するように促してほしいと頼んだ。

 父は「そうしよう」と上機嫌で答えた。

「それから、お前は宰相閣下の婚約者だ。今度から食事はここで取りなさい」

 一応、目論見通りだったものの、一緒に食事を取るのは嬉しくない。自室で食べるほうが気が楽だった。

「まだ婚約式も済ませていない、仮の段階ではないの。今一度、婚約破棄ということもあり得るでしょう」

 義理の母は縁起でもないことを平気で言う。家族の中でもまだ分別のある、十三歳の弟がたしなめるように視線を移す。父と義母の仲は冷え切っていた。父の不機嫌さが顔に出ている。

 義理の母は父の顔色をうかがうことなく、「どんな手を使ったのかしらね?」と訝しげだった。

 実母が健在だった頃には、レジニエル家とローヴェルト家には交流があった。すっかり交流が途絶えたのは、二つの家を繋いでいた実母が亡くなったためだ。義理の母はそのことを知らない。

 どんな手も使っていないので、婚約の決め手はエリミーナ本人も知らない。

 理由を挙げるとすれば、散財をしないところとか。隣で執務をしていても邪魔にならないところとか。エリミーナは害さない、空気に近い。

 欲や存在感が乏しいおかげで、ヴァルディスの目に止まったのだとしたらありがたい。

 ――恋い慕っていただかなくても構わない。せめて嫌われなければ幸せだろうから。

「レジニエル宰相閣下も、随分と血迷ったものね」

 義理の母はどうやってもエリミーナが気に食わないようだ。

 弟は横から「姉上が幸せならいいじゃない」と言ってくれた。エリミーナがいなくても、この弟なら領主としてうまくやれると信じている。

 父からの期待を受けても気負うことなく、母からの苦言を笑っていられる豪胆さが羨ましい。エリミーナは萎縮しやすく、心も弱い。親からの愛情も薄く、自己肯定感も低かった。

 その理由として考えられるのが、実母の存在だろう。

 エリミーナが六歳の頃、実母は亡くなった。

 実母は不思議な力を持っていた。予知夢で危険を察知しては、あらかじめ回避させようとした。

 それでもエリミーナは実母が恐ろしかった。最後の記憶では、エリミーナの体に母が馬乗りになっていた。子供の胸に短剣を突き立てようとしていたのを覚えている。

 なぜ、そんなことをしたのか。そうしなければいけない何かがあったのか。エリミーナにはわからなかった。

 本当に短剣が胸に刺さったのかどうかは、記憶にない。目が覚めた時には寝台の上で寝ていた。

 ただ、短剣で刺されたのなら、この場にいないはずだ。助かったのだろうか。聞きたくても怖くて聞けなかった。

 その直後、母は病で息を引き取った。父は母の死を悲しんで、エリミーナを見ないようになった。

 葬儀の後、教会の庭で泣くばかりだったエリミーナの前に、ヴァルディスが現れた。言葉で慰めるのではなく、手を差し伸べてくれた。

 ――「エリミーナ殿」

 胸を貸してくれた。子供のように泣かせてくれた。その日から淡い初恋を胸に秘めてきた。

 結局、ここまで来てもヴァルディスよりも好きな人は現れなかった。

 王太子と婚約した時も、妃教育で忙しくしていた時も、破棄された時も、その心にいたのはヴァルディスだった。他から入る隙はない。おそらくきっとこれからも変わりはしないだろう。
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