槍とカチューシャ(51~100)
第97話『友達』
ガレーナの蜂たちが忙しなく働き出す頃には、わたしたちはすでに仕事をはじめていた。
今日は大事な日だ。メルビナ様としても、リーゼロッテ様としても大事なことは変わらない。メルビナ様の母上――モーナ様のご命日だった。
ベージュ色のドレスはモーナ様が着ていらしたものだ。お屋敷の火事でところどころ焼けていたのだけれど、それをエイダが直して、着られるようにした。
首もとや腕をすっぽりと覆う古風なドレスは、いつもは可愛らしさを重視したドレスが多かったから、どこか大人っぽい。
耳元を飾る銀色のイヤリングは花のかたちにかたどられている。この品は手紙のお方から贈られたものだ。ガレーナの花を思わせるかたちで、メルビナ様は大変、気に入られている。
「お綺麗です、メルビナ様」
リーゼロッテ様がメルビナ様に向かって、微笑みかけた。本当にお綺麗だった。微笑まれると、口元の赤がますます華やかになる。
「ありがとう、リーゼロッテ」
それを受けて、リーゼロッテ様はいつもよりほがらかな印象だった。メルビナ様を見守る目も優しい。リーゼロッテ様はメルビナ様がお生まれになる前から、お仕えしてきた。モーナ様のドレスに身を包まれたメルビナ様にどういった感情を持っているのか。きっと、喜ばしい気持ちだろう。
「さあ、参りましょう」
リーゼロッテ様にうながされ、わたしたちは部屋を後にした。
花が咲き乱れた原っぱには、相変わらず、心地よい日差しが降り注ぐ。墓地の奥までの土道を歩いていけば、スウェイト家の広いお墓があった。
女神の像のかたわらにあるお墓に、モーナ様は眠られていた。メルビナ様は以前もそうしたように、お墓の前にしゃがみこみ、指で文字をなぞっていく。「お母様」と呼びかけながら。
メルビナ様とはじめてお話をしたとき、ここまでご一緒したことがあった。お墓のかたわらには女神像が置かれていて、このモデルが異世界人だということは前にもお聞きした。
女神像の伝説は好きだ。同じ異世界人であるわたしにも、この世界にやってきた意味があるような気がしてくるから好きだ。それにもし、夏希やフィナに会ったらその話をしてみようと思っている。
女神像に見守られながら、メルビナ様はお墓の前で腰を落とした。指を組んで瞼を閉じる。
メルビナ様の背中を眺めながら、色々考えた。心の奥でモーナ様とどういった話をしているのだろうか。もしかしたら、プロポーズを受けたことをご報告されているのか。あとはお屋敷を新たに建てるという決意かもしれない。
リーゼロッテ様もお祈りをしていることから、遅れてわたしやエイダも同じようにしゃがみこんで祈りをささげた。
静かな時間だった。瞼を閉じると、誰にも邪魔されない。ひとりだけになる。
風が吹いた。息を吸うと、青臭い外の空気が体を満たす。
――モーナ様。メルビナ様をどうかお守りください。
メルビナ様は十分、苦しい思いをされてきた。母を失い、父に裏切られた。死ぬよりも苦しいことだ。それを克服して、前だけを見て歩んでいらっしゃる。
――メルビナ様のしあわせをどうか運んできてください。
祈りをささげた後に瞼を開けると、皆、ちょうど顔を上げるところだった。メルビナ様が立ち上がる。わたしたち使用人も腰を上げた。
「付き合ってくれてありがとう」
メルビナ様はわたしたち全員と目を合わせて、ありがとうとおっしゃった。
「わたし、お母様に誓ったわ。ガレーナを素晴らしい場所にするって。だから、どうか、皆の力を貸して、お願い」
使用人としては主人に頭を下げられるなんて、あってはならないことだ。すかさず、リーゼロッテ様がメルビナ様に進言した。
「メルビナ様、領主になられたからには簡単に頭を下げてはなりません。ましてや使用人に……」
「わかってる。でもわたしは領主が仕事なの。あなたたちも使用人が仕事でしょ。仕事がなければ、わたしはあなたたちを仲間だと思っているの」
「メルビナ様……」
「もし、あなたたちが良かったら……」
この言葉で、メルビナ様との会話を思い出した。以前も「もし、あなたが良かったら」と話を切り出されたのだ。その先は聞けなかったけれど。
「わたしと友達になってほしいの」
使用人としてはつつしんで断るべき提案だ。でも、個人としては、メルビナ様の友達になりたい。どうしたものかと考えていると、エイダが真っ先に「もちろん」と声を上げていた。
メルビナ様のすがるような瞳がわたしを貫く。そんな顔をされたら「わかりました」と言うより他ない。
リーゼロッテ様はあきれたようにため息をついた。
「あなたたち立場というものを考えて……」
「リーゼロッテもよ」
これにはリーゼロッテ様も何も返せないようで、口をつぐんだ。
「ね、友達」
わたしたちは握手を交わした。もちろん、リーゼロッテ様もしぶしぶ。
ガレーナの蜂たちが忙しなく働き出す頃には、わたしたちはすでに仕事をはじめていた。
今日は大事な日だ。メルビナ様としても、リーゼロッテ様としても大事なことは変わらない。メルビナ様の母上――モーナ様のご命日だった。
ベージュ色のドレスはモーナ様が着ていらしたものだ。お屋敷の火事でところどころ焼けていたのだけれど、それをエイダが直して、着られるようにした。
首もとや腕をすっぽりと覆う古風なドレスは、いつもは可愛らしさを重視したドレスが多かったから、どこか大人っぽい。
耳元を飾る銀色のイヤリングは花のかたちにかたどられている。この品は手紙のお方から贈られたものだ。ガレーナの花を思わせるかたちで、メルビナ様は大変、気に入られている。
「お綺麗です、メルビナ様」
リーゼロッテ様がメルビナ様に向かって、微笑みかけた。本当にお綺麗だった。微笑まれると、口元の赤がますます華やかになる。
「ありがとう、リーゼロッテ」
それを受けて、リーゼロッテ様はいつもよりほがらかな印象だった。メルビナ様を見守る目も優しい。リーゼロッテ様はメルビナ様がお生まれになる前から、お仕えしてきた。モーナ様のドレスに身を包まれたメルビナ様にどういった感情を持っているのか。きっと、喜ばしい気持ちだろう。
「さあ、参りましょう」
リーゼロッテ様にうながされ、わたしたちは部屋を後にした。
花が咲き乱れた原っぱには、相変わらず、心地よい日差しが降り注ぐ。墓地の奥までの土道を歩いていけば、スウェイト家の広いお墓があった。
女神の像のかたわらにあるお墓に、モーナ様は眠られていた。メルビナ様は以前もそうしたように、お墓の前にしゃがみこみ、指で文字をなぞっていく。「お母様」と呼びかけながら。
メルビナ様とはじめてお話をしたとき、ここまでご一緒したことがあった。お墓のかたわらには女神像が置かれていて、このモデルが異世界人だということは前にもお聞きした。
女神像の伝説は好きだ。同じ異世界人であるわたしにも、この世界にやってきた意味があるような気がしてくるから好きだ。それにもし、夏希やフィナに会ったらその話をしてみようと思っている。
女神像に見守られながら、メルビナ様はお墓の前で腰を落とした。指を組んで瞼を閉じる。
メルビナ様の背中を眺めながら、色々考えた。心の奥でモーナ様とどういった話をしているのだろうか。もしかしたら、プロポーズを受けたことをご報告されているのか。あとはお屋敷を新たに建てるという決意かもしれない。
リーゼロッテ様もお祈りをしていることから、遅れてわたしやエイダも同じようにしゃがみこんで祈りをささげた。
静かな時間だった。瞼を閉じると、誰にも邪魔されない。ひとりだけになる。
風が吹いた。息を吸うと、青臭い外の空気が体を満たす。
――モーナ様。メルビナ様をどうかお守りください。
メルビナ様は十分、苦しい思いをされてきた。母を失い、父に裏切られた。死ぬよりも苦しいことだ。それを克服して、前だけを見て歩んでいらっしゃる。
――メルビナ様のしあわせをどうか運んできてください。
祈りをささげた後に瞼を開けると、皆、ちょうど顔を上げるところだった。メルビナ様が立ち上がる。わたしたち使用人も腰を上げた。
「付き合ってくれてありがとう」
メルビナ様はわたしたち全員と目を合わせて、ありがとうとおっしゃった。
「わたし、お母様に誓ったわ。ガレーナを素晴らしい場所にするって。だから、どうか、皆の力を貸して、お願い」
使用人としては主人に頭を下げられるなんて、あってはならないことだ。すかさず、リーゼロッテ様がメルビナ様に進言した。
「メルビナ様、領主になられたからには簡単に頭を下げてはなりません。ましてや使用人に……」
「わかってる。でもわたしは領主が仕事なの。あなたたちも使用人が仕事でしょ。仕事がなければ、わたしはあなたたちを仲間だと思っているの」
「メルビナ様……」
「もし、あなたたちが良かったら……」
この言葉で、メルビナ様との会話を思い出した。以前も「もし、あなたが良かったら」と話を切り出されたのだ。その先は聞けなかったけれど。
「わたしと友達になってほしいの」
使用人としてはつつしんで断るべき提案だ。でも、個人としては、メルビナ様の友達になりたい。どうしたものかと考えていると、エイダが真っ先に「もちろん」と声を上げていた。
メルビナ様のすがるような瞳がわたしを貫く。そんな顔をされたら「わかりました」と言うより他ない。
リーゼロッテ様はあきれたようにため息をついた。
「あなたたち立場というものを考えて……」
「リーゼロッテもよ」
これにはリーゼロッテ様も何も返せないようで、口をつぐんだ。
「ね、友達」
わたしたちは握手を交わした。もちろん、リーゼロッテ様もしぶしぶ。