槍とカチューシャ(51~100)
第93話『和解』
犯人はわかった。けれど、まだ解決されていないことがある。もうひとつの問題であるリーゼロッテ様が、わたしの前に近づいてきた。
「マキ、ごめんなさい」
言葉の後に頭を深く下げる。普通は怒りとか憎しみとかそういう感情が沸き上がりそうなものだけれど、まったくない。胸にあるのは悲しみだけだった。
「リーゼロッテ様、どうして話してくださらなかったのですか? 閉じこめたりせず、わたしも一緒に戦わせてくれたら」
「あなたを巻きこみたくなかったのです。わたくしは本当にこの手で殺すつもりだったのですから」
顔を上げたリーゼロッテ様は、自分の手を腹の前に持ってくる。使用人の手は主人のためなら何だってする。だから、寒い日はあかぎれがすごいし、お湯を運ぶためにやけどだってする。
でも、今回だけは間違っていると思った。こんなことをしても、お嬢様は喜ばない。喜ぶはずがない。
お嬢様がリーゼロッテ様に歩み寄ろうとしたので、わたしは一歩後ろに退いた。お嬢様は優しく、リーゼロッテ様の手を上から握った。
「あのね、情けないってリーゼロッテは言ったけど、本当に情けないのはわたしよ。毒入りスープの件だって、わたしが対処すべきだった。お義母様やお父様とちゃんと向き合うべきだった。嫌われているのを自覚するのが怖くて、顔を合わせることもできなかった。わたしはすべてあなたに頼っていたの。あなたならどうにかしてくれると甘えていた。そしたら、どう? こんな結果よ」
「いえ、お嬢様のせいではありません。すべて、わたくしがまいた種です。申し訳ありません」
リーゼロッテ様が一段と深く頭を下げる。謝罪をお嬢様は静かに受け止めていた。そして、「わたし、決めたわ」と話を切り出した。
「立派な領主になる。ガレーナを守れるくらい強くなる。だから、リーゼロッテ。わたしのそばにいて。あなたの助けが必要なの」
「……しかし、わたくしは罪人です。お嬢様のおそばにいる資格はありません」
「そうね、このままでは示しがつかないわ。何か罰が必要かも。あなたの罪なら、使用人見習いから始めるというのはどう? マキはどう思う?」
許せるかと聞かれれば、よくわからない。確かにあの暗闇のなかに閉じこめられて、大変な思いをした。でも、どうしてもリーゼロッテ様を憎めない。
「わたしもそれがいいと思います」
「マキ……」リーゼロッテ様の表情が完全に崩れた。
「勘違いしないでくださいね。まだ許したわけではありませんから」
「ありがとう、マキ」
また頭を下げてもらって、わたしは笑えていた。もう大丈夫だ。長い時間がかかっても、リーゼロッテ様の罪を許せる気がする。
「ああ、でも、使用人頭に適任者がいるかしら?」
「いますわ」
リーゼロッテ様と目が合った。お嬢様もその視線をたどり、わたしに行き着く。まさか!
「む、無理です! わたしにはとてもリーゼロッテ様の代わりなんて勤まるわけもなく……」
「大丈夫ですよ。エイダとふたりならうまくいくでしょう」
エイダは隅っこで花とたわむれていた。突然、話に出されて「えっ、わたし?」と驚いたように飛び上がる。
「いいわ。マキ、エイダ、引き受けてくれるかしら?」
わたしはエイダと顔を見合わせる。彼女の丸い瞳が好奇心で輝いていた。「やってみたい」という表情で、わたしがうなずくと彼女は笑顔を見せた。エイダにやる気があるなら、わたしもやるしかない。
お嬢様のほうに向き直り、「はい、お受けします」と答えれば、「ありがとう、マキ、エイダ!」と明るい声が返ってきた。
お嬢様の満面の笑みが使用人であるわたしの喜びだ。久しぶりに心から笑っている気がする。
ひとしきり笑い合ったあと、あることに気づいた。団長さんがいない。
「あれ、団長さん?」
先程まで腕組みをして木陰に立っていたはずなのに、どこにもいない。わたしはお嬢様に断りを入れて、ガレーナの入り口を目指した。
犯人はわかった。けれど、まだ解決されていないことがある。もうひとつの問題であるリーゼロッテ様が、わたしの前に近づいてきた。
「マキ、ごめんなさい」
言葉の後に頭を深く下げる。普通は怒りとか憎しみとかそういう感情が沸き上がりそうなものだけれど、まったくない。胸にあるのは悲しみだけだった。
「リーゼロッテ様、どうして話してくださらなかったのですか? 閉じこめたりせず、わたしも一緒に戦わせてくれたら」
「あなたを巻きこみたくなかったのです。わたくしは本当にこの手で殺すつもりだったのですから」
顔を上げたリーゼロッテ様は、自分の手を腹の前に持ってくる。使用人の手は主人のためなら何だってする。だから、寒い日はあかぎれがすごいし、お湯を運ぶためにやけどだってする。
でも、今回だけは間違っていると思った。こんなことをしても、お嬢様は喜ばない。喜ぶはずがない。
お嬢様がリーゼロッテ様に歩み寄ろうとしたので、わたしは一歩後ろに退いた。お嬢様は優しく、リーゼロッテ様の手を上から握った。
「あのね、情けないってリーゼロッテは言ったけど、本当に情けないのはわたしよ。毒入りスープの件だって、わたしが対処すべきだった。お義母様やお父様とちゃんと向き合うべきだった。嫌われているのを自覚するのが怖くて、顔を合わせることもできなかった。わたしはすべてあなたに頼っていたの。あなたならどうにかしてくれると甘えていた。そしたら、どう? こんな結果よ」
「いえ、お嬢様のせいではありません。すべて、わたくしがまいた種です。申し訳ありません」
リーゼロッテ様が一段と深く頭を下げる。謝罪をお嬢様は静かに受け止めていた。そして、「わたし、決めたわ」と話を切り出した。
「立派な領主になる。ガレーナを守れるくらい強くなる。だから、リーゼロッテ。わたしのそばにいて。あなたの助けが必要なの」
「……しかし、わたくしは罪人です。お嬢様のおそばにいる資格はありません」
「そうね、このままでは示しがつかないわ。何か罰が必要かも。あなたの罪なら、使用人見習いから始めるというのはどう? マキはどう思う?」
許せるかと聞かれれば、よくわからない。確かにあの暗闇のなかに閉じこめられて、大変な思いをした。でも、どうしてもリーゼロッテ様を憎めない。
「わたしもそれがいいと思います」
「マキ……」リーゼロッテ様の表情が完全に崩れた。
「勘違いしないでくださいね。まだ許したわけではありませんから」
「ありがとう、マキ」
また頭を下げてもらって、わたしは笑えていた。もう大丈夫だ。長い時間がかかっても、リーゼロッテ様の罪を許せる気がする。
「ああ、でも、使用人頭に適任者がいるかしら?」
「いますわ」
リーゼロッテ様と目が合った。お嬢様もその視線をたどり、わたしに行き着く。まさか!
「む、無理です! わたしにはとてもリーゼロッテ様の代わりなんて勤まるわけもなく……」
「大丈夫ですよ。エイダとふたりならうまくいくでしょう」
エイダは隅っこで花とたわむれていた。突然、話に出されて「えっ、わたし?」と驚いたように飛び上がる。
「いいわ。マキ、エイダ、引き受けてくれるかしら?」
わたしはエイダと顔を見合わせる。彼女の丸い瞳が好奇心で輝いていた。「やってみたい」という表情で、わたしがうなずくと彼女は笑顔を見せた。エイダにやる気があるなら、わたしもやるしかない。
お嬢様のほうに向き直り、「はい、お受けします」と答えれば、「ありがとう、マキ、エイダ!」と明るい声が返ってきた。
お嬢様の満面の笑みが使用人であるわたしの喜びだ。久しぶりに心から笑っている気がする。
ひとしきり笑い合ったあと、あることに気づいた。団長さんがいない。
「あれ、団長さん?」
先程まで腕組みをして木陰に立っていたはずなのに、どこにもいない。わたしはお嬢様に断りを入れて、ガレーナの入り口を目指した。