槍とカチューシャ(51~100)
第90話『情けない話』
ガレーナに朝日が昇ると、目の前に焼け落ちた屋敷が広がった。炎はすべてを飲みこんでいった。大事なものをひとつ残らず燃やしていった。
お嬢様は木のバケツにもたれてしゃがみこむ。肩を震わせ、唇を噛みながら、屋敷をにらみつけていた。そんなお姿に、かける言葉が見つからない。突然、家を失ったのだ。わたしの喪失感よりも、はるかに絶望を感じているに違いない。
何にもできないわたしは、お嬢様の斜め後ろにしゃがんだ。
「ねえ、マキ、どうしてこうなったの?」
「わたしにもどうしてこのようなことなったのか、わかりません」
わからないからこそ、わたしはリーゼロッテ様に問わなくてはならなかった。すべてを知っているのは彼女しかいない。
旦那様の隣でたたずみ続けるリーゼロッテ様に視線を移した。青白い顔はそらされることもなく、わたしに向かってうなずいたように見えた。
リーゼロッテ様は自ら出向き、お嬢様の前で膝をついた。
「お嬢様、すべてを包み隠さず、申し上げます。わたくしは、旦那様を手にかけようとしておりました」
「リーゼロッテ、嘘はやめて。あなたがそんなことをするはずはないわ」
「いえ、わたくしはこのマキを貯蔵庫に閉じこめたうえ、旦那様を殺害しようとグラスに毒を盛り、ナイフも用意していました」
リーゼロッテ様の手には小瓶が握られていた。それは、毒入りスープ事件のときに見た小瓶と似ていた。お嬢様は全身を震わせ、取り乱されているようだった。それでも、拳を握り、必死に耐えようとされていた。
「でも、お父様は生きているわ!」
「ええ、わたくしの計画が実行される前に火事騒ぎになってしまったのです」
ということは、火を放ったのはリーゼロッテ様ではなく、別の人間の仕業だということになる。それを裏づけるように旦那様は生きているし、嘘ではないのだろう。わたしの居場所をエイダに教えたのも火事が想定外だったからかもしれない。
「情けない話です。結局、計画はうまくいきませんでした」
「情けなくなんかない」お嬢様は声を張り上げた。
「リーゼロッテは人殺しにならないで済んだのよ。どうして、お父様を殺すの? なぜ、リーゼロッテがそんなことをしなければならないの?」
お嬢様の言葉はその通りだ。わたしも強く疑問に感じている。お嬢様を守るためといっても、何も旦那様を殺す必要はないだろう。
「そうしなければ、旦那様はまた、新しい妻を連れてきます。その度にお嬢様は命を狙われることでしょう」
「違うわ。お父様はお母様を愛していた。わたしのことも大事にしてくれる。話せば、きっと、わかってくれるはずよ」
お嬢様はそうおっしゃるけれど、リーゼロッテ様は首を横に振った。
「お嬢様には話すまいと思っておりました。しかし、お嬢様はもう子供ではありません。ガレーナを守れるのはもはや、あなたしかおられない。だから、真実をお話します。この、わたしの手のなかにある毒は――もともと旦那様のものです」
お嬢様をはじめ、ここにいるすべての人が沈黙した。
ガレーナに朝日が昇ると、目の前に焼け落ちた屋敷が広がった。炎はすべてを飲みこんでいった。大事なものをひとつ残らず燃やしていった。
お嬢様は木のバケツにもたれてしゃがみこむ。肩を震わせ、唇を噛みながら、屋敷をにらみつけていた。そんなお姿に、かける言葉が見つからない。突然、家を失ったのだ。わたしの喪失感よりも、はるかに絶望を感じているに違いない。
何にもできないわたしは、お嬢様の斜め後ろにしゃがんだ。
「ねえ、マキ、どうしてこうなったの?」
「わたしにもどうしてこのようなことなったのか、わかりません」
わからないからこそ、わたしはリーゼロッテ様に問わなくてはならなかった。すべてを知っているのは彼女しかいない。
旦那様の隣でたたずみ続けるリーゼロッテ様に視線を移した。青白い顔はそらされることもなく、わたしに向かってうなずいたように見えた。
リーゼロッテ様は自ら出向き、お嬢様の前で膝をついた。
「お嬢様、すべてを包み隠さず、申し上げます。わたくしは、旦那様を手にかけようとしておりました」
「リーゼロッテ、嘘はやめて。あなたがそんなことをするはずはないわ」
「いえ、わたくしはこのマキを貯蔵庫に閉じこめたうえ、旦那様を殺害しようとグラスに毒を盛り、ナイフも用意していました」
リーゼロッテ様の手には小瓶が握られていた。それは、毒入りスープ事件のときに見た小瓶と似ていた。お嬢様は全身を震わせ、取り乱されているようだった。それでも、拳を握り、必死に耐えようとされていた。
「でも、お父様は生きているわ!」
「ええ、わたくしの計画が実行される前に火事騒ぎになってしまったのです」
ということは、火を放ったのはリーゼロッテ様ではなく、別の人間の仕業だということになる。それを裏づけるように旦那様は生きているし、嘘ではないのだろう。わたしの居場所をエイダに教えたのも火事が想定外だったからかもしれない。
「情けない話です。結局、計画はうまくいきませんでした」
「情けなくなんかない」お嬢様は声を張り上げた。
「リーゼロッテは人殺しにならないで済んだのよ。どうして、お父様を殺すの? なぜ、リーゼロッテがそんなことをしなければならないの?」
お嬢様の言葉はその通りだ。わたしも強く疑問に感じている。お嬢様を守るためといっても、何も旦那様を殺す必要はないだろう。
「そうしなければ、旦那様はまた、新しい妻を連れてきます。その度にお嬢様は命を狙われることでしょう」
「違うわ。お父様はお母様を愛していた。わたしのことも大事にしてくれる。話せば、きっと、わかってくれるはずよ」
お嬢様はそうおっしゃるけれど、リーゼロッテ様は首を横に振った。
「お嬢様には話すまいと思っておりました。しかし、お嬢様はもう子供ではありません。ガレーナを守れるのはもはや、あなたしかおられない。だから、真実をお話します。この、わたしの手のなかにある毒は――もともと旦那様のものです」
お嬢様をはじめ、ここにいるすべての人が沈黙した。