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槍とカチューシャ(51~100)

第88話『赤い光』

 涙が枯れるまで泣きまくった。目を開けるのが大変になるくらい泣いたのは、いつ以来だろう。フィナと泣いた夜以来かもしれない。

 あの時もひどい顔だとフィナに笑われた。今もきっと、顔が腫れているだろう。けれど、笑われるほどのひどい顔だとしても、見せる人はいない。その点では良かったかもしれない。

 ポケットに入っていたハンカチで、残りの涙を拭いた。ためこんだものを涙と一緒に発散できて、心もすっきりした気がする。暗闇は相も変わらずだけれど、希望を失ってはダメだと思った。

 わたしにはまだやりたいことがある。ようやく見つけた小さな欠片みたいなものだけれど、一番大事なものだ。お嬢様のお役に立つこと。支えること。だから、まだ終われない。

 気持ちを切り替えようと新しい瓶に手を出そうとしたら、明らかにわたし以外の別の音が聞こえてきた。天井から物音がする。

 誰か来たのだろうか? 物音が近づいてきている気がする。ねずみにしては大きい。ということは人。

 だとしたら、瓶を物色している場合じゃない。ここにわたしがいるって気づいてもらわないと。そう思いながら立ち上がると、ちょうど扉が外側から叩かれた。力強いノック音に希望がわいた。

 誰かが来てくれた。きっと、助かる。そう瞬間的に感じたとき、わたしは階段を両手両足で駆け上がった。

「ここ! わたしはここよ!」

 思い切り扉を叩いた。小指が潰れそうなほど痛くたっていい。扉が開くならこんなのは小さな痛みでしかない。

 何度も叩くと、扉が軋みながら持ち上がった。求めていた光が来るのだと目を細めたら、とても真っ赤な光だった。

 疑問に思う暇もなく、太い腕がわたしの腰を引き上げる。その腕のなかに収まると、心が休まる気がするから不思議だ。ずっと、こうしてほしかったような気がする。

「団長さん」

 わたしは自分から彼の存在に触れたくて、首に腕を回した。

「アイミ」

「何で、いるんですか?」

 嬉しい気持ちを押さえながら、平静を装ってたずねたはずなのに、声が震えた。わたしの耳元を笑い声がくすぐった。笑われるくらい格好悪いのは自覚している。

「約束しただろう」

 確かに手紙は来ていたし、会う約束はしていた。でも、お屋敷のなかに団長さんがいるなんて、おかしな気分がする。

「よくすんなりとお屋敷のなかに入れましたね」

 ただでさえ、お嬢様のことで警備を強化したのだから、こんな図体のでかい人は怪しいと思う。止められなかったのが不思議なくらいだ。

「ああ、それどころではなかったようだ。こちらも土産物を渡そうとしたのだがな、渡せずじまいだ」

「どういう意味で……」

 団長さんの肩越しから部屋の様子を確かめると、口から出かかった疑問をいったん飲みこんだ。赤い光は壁や天井をはい上がる炎だと気づいたからだ。

「あの、燃えてませんか?」

「ああ、燃えてる」

 何でこんなときも冷静でいられるのだろう。

「エイダは? リーゼロッテ様は? みんなはどうなったんです?」

 たずねたら、ちょうど「マキ、見つかりましたか!」と慌てたような声がした。
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Clap