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槍とカチューシャ(51~100)

第84話『良い話』

 深く息を吸いこむ。吐き出してどうにか緊張をやわらげようとしながら、わたしは言葉を選んだ。

「つい先程、お嬢様からお聞きしました。リーゼロッテ様、あなたは、お嬢様のスープに、毒が入っていたことを、知っていましたね。知っていて何もしなかった。わたしがあなたに話すまで、見てみぬ振りをしていたんです。なぜ、ですか? もしかしたら、お嬢様は死んでいたかもしれないのに……」

 何より、リーゼロッテ様にはわたしの疑問に答えてほしい。否定するなり、弁解するなり、使用人頭としてお手本を見せてほしい。リーゼロッテ様をずっと尊敬していたい。すっきり晴れた気持ちで、その仏様の顔を眺めたかった。

「やはり、良い話ではなかったようですね」

 わたしの話を聞いたはずなのに、リーゼロッテ様の表情に変化は見られなかった。どこまでも落ち着き払っていた。

「どうして、わたくしがあなたをお嬢様付きの使用人にしたのか、わかりますか?」

「わかり、ません」

「あなたは素直でした。わたくしの指導を疑うこともなく、したがってくれましたね。だから、この計画には必要でした。あなたなら、わたくしの思い通りに動いてくれると期待したのです。そしてあなたは見事、期待にこたえてくれました」

 誉められても、嬉しくなかった。ただ、利用されただけだ。リーゼロッテ様の思うままに動いて、こんな結末に行き着いてしまった。

「どうして、あんな芝居をしたのですか?」

「聞きたいですか?」

「そのためにここへ来たんです」

 リーゼロッテ様は仕方ないというようにため息を吐く。間を開けたあと、「わかりました」と呟いた。

「わたくしは大奥様――あの女の尻尾を掴まなくてはなりませんでした。確実に、失敗の無きよう。あの女はスウェイト家の資産を食いつくそうとしたばかりか、お嬢様を殺害しようともした。その証拠を得るにはどうしても時間が必要でした」

「お嬢様はその間、毒に蝕まれて……」

「あなた、気づかなかったのですか?」

「はっ?」リーゼロッテ様が嫌いになりそうだ。

「お嬢様が部屋を脱走されたとき、毒に蝕まれていたにしては、お元気だったでしょう?」

 思い返してみれば、運動不足なようだけれど、走っていらした。

「ずいぶん前からわたくしが手を回して、解毒剤を処方してもらったのです」

 リーゼロッテ様の言葉が、ふわふわと宙を浮いているような気がした。ようやく頭まで降りたとき、全身の力が抜けた。

「えっ、それじゃあ、リーゼロッテ様がお嬢様を殺害しようとしていたわけではない?」

「わたくしが、お嬢様を? あるわけないでしょう」

 リーゼロッテ様は微笑まれていたけれど、だんだん申し訳ない気持ちがわいてきた。信用できずに思い切り疑ってしまった。

「申し訳ありません!」頭を下げた。

「頭を上げなさい。疑われるような行動をとったわたくしも、あなたに謝らなければなりません」

「いえ、そんな」

 否定したかったけれど、すでにリーゼロッテ様は席から立ち上がり、頭を下げていた。さすが使用人頭というように角度もばっちり、綺麗なお辞儀だった。

「あ、頭を上げてください」

 見ているこちらが慌ててしまう。リーゼロッテ様が顔を正面に戻したとき、なぜか、お互いに声を出して笑っていた。
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Clap