槍とカチューシャ(51~100)
第82話『昼のお茶会』
お嬢様は外でお茶を楽しまれるのが好きだ。長い間、ベッドで寝られていたから、窓越しではない外のものに直接触れられるのが新鮮らしい。
庭にあるテーブルセットの椅子に腰を落ち着かせると、お嬢様は口元に笑みを浮かべた。ガレーナのハーブティをお出しすると、「いい香り」と心地良さそうなお顔をしていただける。それだけでこちらは微笑ましい気分になる。
使用人としては呼ばれるまでテーブルのかたわらに待機だ。私語は厳禁なのだけれど、お嬢様は「ねえ、マキ」と声をかけてきた。
「何でしょう?」
「マキは異世界から来たのよね?」
お嬢様からの質問を受けて、答えに詰まってしまう。意外と自分の口から異世界から来たなんて言うのは、恥ずかしかったりするのだ。お嬢様の瞳から少し視線をそらして、「ええ」と呟くように答えた。
「淋しくないの? ご両親は心配されていないのかしら?」
「こちらではやることもいっぱいありますし、淋しさを感じている暇はないです。それに両親は……亡くなったのでいません」
この話をすると気まずい空気になるから嫌なのだけれど、案の定、お嬢様は眉を寄せた。
「余計なこと聞いちゃったわね。ごめんなさい」
「そんな、謝らないでください」
両親の話をすると、大体みんな反応は同じだ。申し訳なさそうに謝ってきたり、いらない気づかいを受けたりする。その点で、あの団長さんだけは違ったなと思う。
――「俺はお前を妻にすることを諦めない」
どれだけ突き放しても、あの固く強い腕がわたしを抱き締めてきた。緑色の瞳がとらえて離さなかった。「妻にする」と言って聞かなかった。熊のように図体のでかい駄々っ子だった。
「マキ?」
「し、失礼しました」
少しぼーっとしてしまった。お嬢様は小首を傾げて、いぶかしげにされている。
「あ、そうそう。エイダから聞いたのだけれど、大切な人に会うんですって?」
「……ええ、そうです」
平然と答えるように努力した。でも、心のなかではエイダに怒りをぶつけた。何で、使用人ふぜいがお嬢様にこんな話をしないとならないのか。
「うらやましい。わたし、恋とかしたことないから。お手紙のやりとりとかやってみたいわ」
夢見るお嬢様に水を差してしまいそうで、「恋ではありません」と否定するのはやめておいた。どうせなら、このままお嬢様の話にシフトして行きたい。
「お嬢様は近いうちに、社交へと出られます。出会いがたくさんございますよ」
お嬢様はご自身が可愛らしいことに気づいていないから、きっと、驚かれるはずだ。
「出会いね。ふふふ」
「どうされました?」
思い出したかのように口元を押さえながら、お嬢様が笑い始めた。
「わたしとマキの出会いも不思議な感じだったわね。ぶつかって、あの時、痛かったわ」
「も、申し訳ありません」
「いいの。あの出会いがあったから、リーゼロッテがあなたを寄越してくれたのだもの」
そうだった。あの出会いがなければ今頃、お嬢様はお体を悪くして、こうして外に出かけられることもなかっただろう。
「リーゼロッテがマキとエイダをお付きにしたいと言い出さなかったら、こんな結末にはならなかったわ」
話に引っ掛かりがあった。
「えっ? お嬢様がぜひ、お付きの使用人にしてほしいとおっしゃったのでは?」
「まさか、そうは思ってもわたしには権利はないわ。人事はリーゼロッテの役割だし」
お嬢様が嘘をつかれるとは思わない。ということはリーゼロッテ様が嘘をついたことになる。しかし、何であの場であんな嘘をついたのだろう。浮かんだ違和感はなかなか振り払われない。そんなとき、お嬢様はオーバーリアクションに手を叩いて何かを思い出された。
「あ、でも、わたし、それより少し前に、リーゼロッテに言ったの。あなたに言ったことと同じこと」
お嬢様は外でお茶を楽しまれるのが好きだ。長い間、ベッドで寝られていたから、窓越しではない外のものに直接触れられるのが新鮮らしい。
庭にあるテーブルセットの椅子に腰を落ち着かせると、お嬢様は口元に笑みを浮かべた。ガレーナのハーブティをお出しすると、「いい香り」と心地良さそうなお顔をしていただける。それだけでこちらは微笑ましい気分になる。
使用人としては呼ばれるまでテーブルのかたわらに待機だ。私語は厳禁なのだけれど、お嬢様は「ねえ、マキ」と声をかけてきた。
「何でしょう?」
「マキは異世界から来たのよね?」
お嬢様からの質問を受けて、答えに詰まってしまう。意外と自分の口から異世界から来たなんて言うのは、恥ずかしかったりするのだ。お嬢様の瞳から少し視線をそらして、「ええ」と呟くように答えた。
「淋しくないの? ご両親は心配されていないのかしら?」
「こちらではやることもいっぱいありますし、淋しさを感じている暇はないです。それに両親は……亡くなったのでいません」
この話をすると気まずい空気になるから嫌なのだけれど、案の定、お嬢様は眉を寄せた。
「余計なこと聞いちゃったわね。ごめんなさい」
「そんな、謝らないでください」
両親の話をすると、大体みんな反応は同じだ。申し訳なさそうに謝ってきたり、いらない気づかいを受けたりする。その点で、あの団長さんだけは違ったなと思う。
――「俺はお前を妻にすることを諦めない」
どれだけ突き放しても、あの固く強い腕がわたしを抱き締めてきた。緑色の瞳がとらえて離さなかった。「妻にする」と言って聞かなかった。熊のように図体のでかい駄々っ子だった。
「マキ?」
「し、失礼しました」
少しぼーっとしてしまった。お嬢様は小首を傾げて、いぶかしげにされている。
「あ、そうそう。エイダから聞いたのだけれど、大切な人に会うんですって?」
「……ええ、そうです」
平然と答えるように努力した。でも、心のなかではエイダに怒りをぶつけた。何で、使用人ふぜいがお嬢様にこんな話をしないとならないのか。
「うらやましい。わたし、恋とかしたことないから。お手紙のやりとりとかやってみたいわ」
夢見るお嬢様に水を差してしまいそうで、「恋ではありません」と否定するのはやめておいた。どうせなら、このままお嬢様の話にシフトして行きたい。
「お嬢様は近いうちに、社交へと出られます。出会いがたくさんございますよ」
お嬢様はご自身が可愛らしいことに気づいていないから、きっと、驚かれるはずだ。
「出会いね。ふふふ」
「どうされました?」
思い出したかのように口元を押さえながら、お嬢様が笑い始めた。
「わたしとマキの出会いも不思議な感じだったわね。ぶつかって、あの時、痛かったわ」
「も、申し訳ありません」
「いいの。あの出会いがあったから、リーゼロッテがあなたを寄越してくれたのだもの」
そうだった。あの出会いがなければ今頃、お嬢様はお体を悪くして、こうして外に出かけられることもなかっただろう。
「リーゼロッテがマキとエイダをお付きにしたいと言い出さなかったら、こんな結末にはならなかったわ」
話に引っ掛かりがあった。
「えっ? お嬢様がぜひ、お付きの使用人にしてほしいとおっしゃったのでは?」
「まさか、そうは思ってもわたしには権利はないわ。人事はリーゼロッテの役割だし」
お嬢様が嘘をつかれるとは思わない。ということはリーゼロッテ様が嘘をついたことになる。しかし、何であの場であんな嘘をついたのだろう。浮かんだ違和感はなかなか振り払われない。そんなとき、お嬢様はオーバーリアクションに手を叩いて何かを思い出された。
「あ、でも、わたし、それより少し前に、リーゼロッテに言ったの。あなたに言ったことと同じこと」