槍とカチューシャ(51~100)
第80話『上品な突撃』
こんなにも速く歩ける使用人を見たのははじめてだ。しかも、この速さで足音がほとんど立っていない。
そんなリーゼロッテ様はある部屋の前で両足をそろえると、ノックを三度した。なかの返事を待ってから「失礼します」と言った。使用人の決まり通りだ。背筋を伸ばしながら入っていくので、わたしもそれっぽく振る舞った。
「り、リーゼロッテ様!」
「な、なぜ?」
わたしも後から入ってみると、そこは前にお嬢様に仕えていた使用人ふたりの部屋だった。彼女たちが慌てるのもわかる。まさか、まだ使用人の服に着替えていないうちから、このリーゼロッテ様を拝むことになるとは思わないだろう。
「あなた方の部屋を確認させてもらいます。マキ、あなたは部屋の外にいて、この者たちが逃げないよう見張りをしていてください」
有無を言わせない早さで命令を下す。これが使用人のトップかと改めて思う。リーゼロッテ様はわたしを通路に出し、早々に扉を閉じた。命令を受けたからには通路で待っていなくてはならない。
それにしてもすごい大事になってしまった。もし証拠が出たとして、あのふたりはどうなるのだろうか。お嬢様に毒を入れるなんて。この世界でも犯罪は犯罪だろうし。
いったいどんな話し合いがされているのか、わからないまま、しばらくひとりの時間を過ごした。
扉が開かれたのは数分経った頃だろうか。ノックがされて、わたしが扉の前を離れると、リーゼロッテ様が通路へと出てきた。後ろには青白い顔をしたふたりも連れている。
「マキ、用は済みました。これをご覧なさい」
リーゼロッテ様の手がハンカチごしに液体の入ったガラス瓶を掴んでいる。おそらく、お嬢様のスープに入れられた毒だろう。
「これを旦那様に提示いたします」
提示すれば、間違いなく彼女たちに罰が与えられるだろう。それも極めて重い罰になるはずだ。
「わたくしもあなた方の策略に気づかずにいたことに恥じています。それだけ、あなた方に目をかけていたのですよ」
「り、リーゼロッテ様……わたしたちはただ、大奥様のために」
「お嬢様は大奥様にとって許さざる者なのです」
言い訳を並べようとするふたりに対して、リーゼロッテ様はため息で返した。
「大奥様のためですか、いいでしょう……ただ、あなた方の部屋を見る限り、どれも使用人のお給金で買える品ではありません。本当に大奥様のためですか? 結局は金に目が眩んだのではないのですか? これ以上の偽りは見苦しいですよ」
涙を流してももう遅い。たとえほんの一ミリでも大奥様のためだとしても、許されるものではない。リーゼロッテ様も聞く耳を持たないだろう。彼女たちに失望している。二度と目も会わさないのは、きっと、視界にも入れたくないからだ。
ふたりはうなだれて、もう何も発することはなかった。
この日を境に、屋敷内は大きく変化した。
お嬢様を溺愛している旦那様は大奥様をお許しになるわけもなく、告発した。手続きを踏んで、牢屋に送られるらしい。もちろん使用人ふたりも、全財産を失った状態で村を追放された。
お嬢様の体調はみるみる回復している。外に出て、護衛があれば村のなかを見て回ることもできるようになった。お散歩用のドレスも増えて、わたしとエイダの忙しさも頂点に来ている。
「お嬢様の髪色に合いそうなのは……」
それでも、髪止めの色を探るエイダはどことなく楽しそうだ。髪型の練習もリーゼロッテ様の指導を受けて、バリエーションが増えた。わたしも楽しい。お嬢様が華やかに変わっていく様を間近に見られるのは喜びだった。
こんなにも速く歩ける使用人を見たのははじめてだ。しかも、この速さで足音がほとんど立っていない。
そんなリーゼロッテ様はある部屋の前で両足をそろえると、ノックを三度した。なかの返事を待ってから「失礼します」と言った。使用人の決まり通りだ。背筋を伸ばしながら入っていくので、わたしもそれっぽく振る舞った。
「り、リーゼロッテ様!」
「な、なぜ?」
わたしも後から入ってみると、そこは前にお嬢様に仕えていた使用人ふたりの部屋だった。彼女たちが慌てるのもわかる。まさか、まだ使用人の服に着替えていないうちから、このリーゼロッテ様を拝むことになるとは思わないだろう。
「あなた方の部屋を確認させてもらいます。マキ、あなたは部屋の外にいて、この者たちが逃げないよう見張りをしていてください」
有無を言わせない早さで命令を下す。これが使用人のトップかと改めて思う。リーゼロッテ様はわたしを通路に出し、早々に扉を閉じた。命令を受けたからには通路で待っていなくてはならない。
それにしてもすごい大事になってしまった。もし証拠が出たとして、あのふたりはどうなるのだろうか。お嬢様に毒を入れるなんて。この世界でも犯罪は犯罪だろうし。
いったいどんな話し合いがされているのか、わからないまま、しばらくひとりの時間を過ごした。
扉が開かれたのは数分経った頃だろうか。ノックがされて、わたしが扉の前を離れると、リーゼロッテ様が通路へと出てきた。後ろには青白い顔をしたふたりも連れている。
「マキ、用は済みました。これをご覧なさい」
リーゼロッテ様の手がハンカチごしに液体の入ったガラス瓶を掴んでいる。おそらく、お嬢様のスープに入れられた毒だろう。
「これを旦那様に提示いたします」
提示すれば、間違いなく彼女たちに罰が与えられるだろう。それも極めて重い罰になるはずだ。
「わたくしもあなた方の策略に気づかずにいたことに恥じています。それだけ、あなた方に目をかけていたのですよ」
「り、リーゼロッテ様……わたしたちはただ、大奥様のために」
「お嬢様は大奥様にとって許さざる者なのです」
言い訳を並べようとするふたりに対して、リーゼロッテ様はため息で返した。
「大奥様のためですか、いいでしょう……ただ、あなた方の部屋を見る限り、どれも使用人のお給金で買える品ではありません。本当に大奥様のためですか? 結局は金に目が眩んだのではないのですか? これ以上の偽りは見苦しいですよ」
涙を流してももう遅い。たとえほんの一ミリでも大奥様のためだとしても、許されるものではない。リーゼロッテ様も聞く耳を持たないだろう。彼女たちに失望している。二度と目も会わさないのは、きっと、視界にも入れたくないからだ。
ふたりはうなだれて、もう何も発することはなかった。
この日を境に、屋敷内は大きく変化した。
お嬢様を溺愛している旦那様は大奥様をお許しになるわけもなく、告発した。手続きを踏んで、牢屋に送られるらしい。もちろん使用人ふたりも、全財産を失った状態で村を追放された。
お嬢様の体調はみるみる回復している。外に出て、護衛があれば村のなかを見て回ることもできるようになった。お散歩用のドレスも増えて、わたしとエイダの忙しさも頂点に来ている。
「お嬢様の髪色に合いそうなのは……」
それでも、髪止めの色を探るエイダはどことなく楽しそうだ。髪型の練習もリーゼロッテ様の指導を受けて、バリエーションが増えた。わたしも楽しい。お嬢様が華やかに変わっていく様を間近に見られるのは喜びだった。