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槍とカチューシャ(1~50)

第8話『正体』

 みんなのかせを外すのに大分、時間がかかった。それでも、苦労した分、解放された彼女たちから抱き着いて喜んでもらえた。「ありがとう」的な言葉は聞き取れなくても嬉しかった。

 馬の軍団たちに捕らわれた奴隷商人は、使っていたかせを自分自身に取りつけられている。いい気味だ。人を拘束し、勝手に売りつけようとしたやつらに同情なんてしなくていい。

「お待たせしました」

 牢屋を開けた夏希はわたしに向けて爽やかにほほえんできた。あれだけ派手に暴れたのに大した怪我もなさそうで良かった。まあ、それはいいとして聞かなければならない点がある。

「で、夏希くん、説明してくれる? あなたとジャックって本当は何なの?」

 これだけの力を見せておいて、ただの奴隷だとは思えなかった。ちゃんと説明してもらわないと納得できない。夏希は顔をそらして遠くに目を向ける。

「そうですね」

 どこを見ているのか気になって、夏希の視線をたどると、遠くのジャックが馬から降りた人と話しているところだった。

 そして、ジャックは黒い布を手渡される。ためらうことなく、その布を羽のように大きく広げて肩にかけた。風を泳ぐマントの中心に刺繍されていたのは、紋章だった。馬と槍をモチーフにしたのか、半々の割合で刺繍されている。

 目を離せないでいたら、夏希の息がこぼれた。

「我々はシャーレンブレンドの騎士です」

「騎士って」

 王様に仕える人だったような。それくらいの知識しかないけれど、とにかく、選ばれた人という感じがする。

 遠くのジャックが黒い馬の上にまたがる。その姿は辺りにいる騎士とは違っていた。彼は鎧と兜を纏っていない。奴隷服に黒マントを羽織っているだけなのに、数倍にも大きく見える。

「あの紋章は騎士団の証。そして、あの御方はジャックではなく、ジェラール・フェブルア……騎士団の団長です」

 何か、それを告げた夏希の瞳の奥が熱っぽく感じる。ずいぶんとジェラールを尊敬しているらしい。冷静な子だと思っていたせいか、温度差がすごい。

 混乱する頭をどうにか整理する。ジャックことジェラールはシャーなんちゃらの騎士団の団長。そして、夏希も「我々」と言っていたから、騎士団に入っているのかもしれない。

「つまり、夏希くんは異世界人にして、騎士団の人ってこと?」

「ええ、僕も下っぱですが、騎士団のうちのひとりです」

 ――やっぱり。

「もしかして、奴隷商人を捕まえるために奴隷になっていたってこと?」

 だとしたら、これまでのわたしがバカみたいだ。夏希も「そうです」なんてうなずくから、わたしのバカが完全に確定した。

「だから、言ったでしょう、『大丈夫』って」

 夏希は自信満々にほほえむ。結果的には「大丈夫」だけど、あの時にわかるわけない。

「疑ったのは悪かったとは思ってる。でも、あの時点で信じろっていうのが無理な話だから」

「まあ、そうでしょうね」

 ちょっと、鼻につく言い方だけど、わたしは突っかからずに流した。もっと、知りたいことがある。

「で、これからどうするの?」

「我々はあなた方を連れて、シャーレンブレンドに戻ります」

「あー、あれ、あなたたちの国?」

「そうです」

 シャーレンブレンド。やっぱり耳にしたことがない国だ。

 夏希の話によると、異世界人は取り調べを受けたあと、難民指定されるらしい。シャーレンブレンドに保護されて、3年は暮らしていける。その後は働くなり何なり自由だと教えてくれた。確かに、限りある国庫をずっと使うわけにはいかないので、後は自分で何とかしてねということだ。

「他に質問はありませんか?」

「今のところはないかな」

「意外ですね。元の世界に戻りたいと騒ぐと思っていました」

「うーん」

 まあ、戻りたいと思うのが普通だろう。だけど、まだ、ここが異世界であるという実感が足らない。ほら、まだ一夜も過ごしてないのだから、おいおい感じてくるものかもしれない。

「そのうち騒ぐかもね」

 わたしの適当な言葉に夏希は声を上げて笑った。
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Clap