槍とカチューシャ(51~100)
第79話『仏様の部屋』
朝一で、わたしはリーゼロッテ様の部屋の前に立っていた。緊張はひしひしと感じている。水を飲んだはずなのに喉はからからだ。試しに「あー」と声を出してみたら、かすれていた。落ち着くように深呼吸してみて、一息を置く。とりあえず、行こう。
ノックをし、返事をいただいたところで部屋に失礼する。リーゼロッテ様は背もたれに体を預けることなく、まっすぐに座っていた。どんなときも気を抜かず、使用人の前でも使用人なリーゼロッテ様だ。
「マキ、おはよう」
挨拶を先越された。本来ならわたしが先に挨拶をしなければならないのに。
「お、おはようございます、リーゼロッテ様」
これ以上もたつかないように気をつけながら、リーゼロッテ様の机に近づいた。彼女の瞳は瞼の奥に隠れていて感情は読めない。それでも、朝の紅茶に口をつけていることから、邪魔をしたわけではなさそうだ。1段階で安心して、次の段階で再び緊張する。
「お嬢様のことで、リーゼロッテ様にご報告したいことがあります」
「何でしょうか。話してごらんなさい」
リーゼロッテ様が机の上で手を組む。話を聞いてくださる体勢に落ち着いたようだ。
「お嬢様の体を蝕んでいるのは本当に病なのでしょうか?」
「病です。お医者様もそうおっしゃっていました。……あなた、何が言いたいのです?」
「えっと、その」練習はしてきたはずなのに、肝心なときに頭から抜けてしまう。
「まさか、お嬢様の病について、知っていることでも?」
うわ、痛いところを突かれた。それでも、話すきっかけは作ってもらえた。
「実はその、お嬢様からあることを打ち明けられました。聞いたはいいものの、どうしたらいいか、わからなくなってしまって、ここに参りました」
リーゼロッテ様はやれやれという感じで椅子から立ち上がると、机から周りこんでわたしの目の前まで近寄ってきた。
「あなたがわざわざここに来るとは余程のことでしょう。さあ、話してごらんなさい」
わたしはお嬢様から聞いた話をそのまま伝えた。伝えると、リーゼロッテ様はいちいち驚くこともなく、落ち着いていた。
「そうですか、お嬢様が……なるほど、わかりました」
「信じていただけるんですか?」
「ずっと仕えてきたわたくしが、お嬢様を疑うことなどありません」
それもそうだ。わたしよりも長くお嬢様に仕えてきたリーゼロッテ様だ。きっと、いろんなお嬢様を見てきたのだろう。
「しかし、証拠が無ければ、告発の仕様がありません」
「証拠ですか」
でも、そんなもの、どうやったら見つけられるだろう。毒が入れられた皿も綺麗に洗われただろうし、お嬢様の証言だけでは何とも言えない。
「見つける方法は“あれ”しかありませんね」
「あれ?」
「突撃ですわ」
「突撃?」
全然、意味がわからない。わたしを置き去りにして、リーゼロッテ様は仏様のように微笑を浮かべた。
「あなたもついてきなさい」
まあ、ついていきますけれど。わたしはもやもやしたまま、リーゼロッテ様と距離を取りながら部屋を退出した。
朝一で、わたしはリーゼロッテ様の部屋の前に立っていた。緊張はひしひしと感じている。水を飲んだはずなのに喉はからからだ。試しに「あー」と声を出してみたら、かすれていた。落ち着くように深呼吸してみて、一息を置く。とりあえず、行こう。
ノックをし、返事をいただいたところで部屋に失礼する。リーゼロッテ様は背もたれに体を預けることなく、まっすぐに座っていた。どんなときも気を抜かず、使用人の前でも使用人なリーゼロッテ様だ。
「マキ、おはよう」
挨拶を先越された。本来ならわたしが先に挨拶をしなければならないのに。
「お、おはようございます、リーゼロッテ様」
これ以上もたつかないように気をつけながら、リーゼロッテ様の机に近づいた。彼女の瞳は瞼の奥に隠れていて感情は読めない。それでも、朝の紅茶に口をつけていることから、邪魔をしたわけではなさそうだ。1段階で安心して、次の段階で再び緊張する。
「お嬢様のことで、リーゼロッテ様にご報告したいことがあります」
「何でしょうか。話してごらんなさい」
リーゼロッテ様が机の上で手を組む。話を聞いてくださる体勢に落ち着いたようだ。
「お嬢様の体を蝕んでいるのは本当に病なのでしょうか?」
「病です。お医者様もそうおっしゃっていました。……あなた、何が言いたいのです?」
「えっと、その」練習はしてきたはずなのに、肝心なときに頭から抜けてしまう。
「まさか、お嬢様の病について、知っていることでも?」
うわ、痛いところを突かれた。それでも、話すきっかけは作ってもらえた。
「実はその、お嬢様からあることを打ち明けられました。聞いたはいいものの、どうしたらいいか、わからなくなってしまって、ここに参りました」
リーゼロッテ様はやれやれという感じで椅子から立ち上がると、机から周りこんでわたしの目の前まで近寄ってきた。
「あなたがわざわざここに来るとは余程のことでしょう。さあ、話してごらんなさい」
わたしはお嬢様から聞いた話をそのまま伝えた。伝えると、リーゼロッテ様はいちいち驚くこともなく、落ち着いていた。
「そうですか、お嬢様が……なるほど、わかりました」
「信じていただけるんですか?」
「ずっと仕えてきたわたくしが、お嬢様を疑うことなどありません」
それもそうだ。わたしよりも長くお嬢様に仕えてきたリーゼロッテ様だ。きっと、いろんなお嬢様を見てきたのだろう。
「しかし、証拠が無ければ、告発の仕様がありません」
「証拠ですか」
でも、そんなもの、どうやったら見つけられるだろう。毒が入れられた皿も綺麗に洗われただろうし、お嬢様の証言だけでは何とも言えない。
「見つける方法は“あれ”しかありませんね」
「あれ?」
「突撃ですわ」
「突撃?」
全然、意味がわからない。わたしを置き去りにして、リーゼロッテ様は仏様のように微笑を浮かべた。
「あなたもついてきなさい」
まあ、ついていきますけれど。わたしはもやもやしたまま、リーゼロッテ様と距離を取りながら部屋を退出した。