槍とカチューシャ(51~100)
第76話『お嬢様の告白』
リーゼロッテ様は使用人のトップである。旦那様からの信頼も厚い。それを示すように、彼女の部屋には鍵つきの食器棚があって、めちゃくちゃ高価なティーカップやお皿などが並べられている。そのすべてを彼女が管理しているのだ。
リーゼロッテ様は使用人のプロだ。お屋敷にいる使用人たちが彼女のようになりたいと思う。
そのプロに指導を受けているわたしは幸福者……だと思わなくてはいけない。
お嬢様のお付きの使用人のなったからには、今までの仕事よりも高度な仕事が求められる。
まずは、お嬢様の好みをすべて知りつくす。どのようなとき、どういったものを召し上がりたいか。お気に入りのティーカップはどれか。紅茶の種類、煎れ方などを細かく見て覚える。リボンのついたドレスを身にまとったときの嬉しそうなお顔。表情の変化を少しでも見逃さない。
地道に続けていたら、見えてきたものがある。お嬢様は食事をご自分のベッドの上で取られるのだけれど、スープにスプーンを浸すとき、お手が震える。
お嫌いな具材は入っていないはずだ。細切れベーコンとキャベツ、ガレーナハーブで風味づけされている。それなのに、怯えるようにして瞳が揺れる。瞼を閉ざしてから、意を決したようにスプーンを口に運ぶのだ。毎回、それを続けているので気になった。
ようやくスープ皿の底が見えるようになってから、わたしは「お嬢様」と声をかけた。
「お嬢様は何を怯えていらっしゃるのです?」
遠回しに言えば良かったと後悔した。エイダは席を外していてふたりきりだけれど、言いにくいかもしれないのに。でも、回り道をせずに、直接聞いてしまった。どう受け取られたのか、お嬢様は瞼を伏せた。
「あなたを疑っているわけではないの。でも、どうしても、怖いの」
「何が、あったのですか?」
このスープに怯えるのはきっとよっぽどのことだ。スプーンを皿に戻して、お嬢様は息を漏らした。
「何でもない……って言うのは無理があるよね」
「少しだけ、無理がありますね」
「わたしね、食事に毒が盛られていたの」
「まさか、そんなことあるわけ……」
「本当よ。あなたの前の使用人が持ってきた食事を口にすると、だんだん、体に力が入らなくなって、起き上がることもできなくなっちゃうの。食べちゃいけない。わかっているけど、お腹は空くから食べないと生きていけない。食べては自分の死が近づく気がしてた」
お嬢様がどうしてわたしとエイダを推薦したのか、わかる。この不安がいつもつきまとっていたからだ。お嬢様はほんの少し顔を上げて、にこっとほほえんだ。
「でも、今ではそういうのないの。起き上がるのも全然、平気」
お嬢様はほほえむけれど、わたしは心から笑えない。だって、毒を盛られていたということは、お嬢様は誰かに命を狙われているはずだから。
リーゼロッテ様は使用人のトップである。旦那様からの信頼も厚い。それを示すように、彼女の部屋には鍵つきの食器棚があって、めちゃくちゃ高価なティーカップやお皿などが並べられている。そのすべてを彼女が管理しているのだ。
リーゼロッテ様は使用人のプロだ。お屋敷にいる使用人たちが彼女のようになりたいと思う。
そのプロに指導を受けているわたしは幸福者……だと思わなくてはいけない。
お嬢様のお付きの使用人のなったからには、今までの仕事よりも高度な仕事が求められる。
まずは、お嬢様の好みをすべて知りつくす。どのようなとき、どういったものを召し上がりたいか。お気に入りのティーカップはどれか。紅茶の種類、煎れ方などを細かく見て覚える。リボンのついたドレスを身にまとったときの嬉しそうなお顔。表情の変化を少しでも見逃さない。
地道に続けていたら、見えてきたものがある。お嬢様は食事をご自分のベッドの上で取られるのだけれど、スープにスプーンを浸すとき、お手が震える。
お嫌いな具材は入っていないはずだ。細切れベーコンとキャベツ、ガレーナハーブで風味づけされている。それなのに、怯えるようにして瞳が揺れる。瞼を閉ざしてから、意を決したようにスプーンを口に運ぶのだ。毎回、それを続けているので気になった。
ようやくスープ皿の底が見えるようになってから、わたしは「お嬢様」と声をかけた。
「お嬢様は何を怯えていらっしゃるのです?」
遠回しに言えば良かったと後悔した。エイダは席を外していてふたりきりだけれど、言いにくいかもしれないのに。でも、回り道をせずに、直接聞いてしまった。どう受け取られたのか、お嬢様は瞼を伏せた。
「あなたを疑っているわけではないの。でも、どうしても、怖いの」
「何が、あったのですか?」
このスープに怯えるのはきっとよっぽどのことだ。スプーンを皿に戻して、お嬢様は息を漏らした。
「何でもない……って言うのは無理があるよね」
「少しだけ、無理がありますね」
「わたしね、食事に毒が盛られていたの」
「まさか、そんなことあるわけ……」
「本当よ。あなたの前の使用人が持ってきた食事を口にすると、だんだん、体に力が入らなくなって、起き上がることもできなくなっちゃうの。食べちゃいけない。わかっているけど、お腹は空くから食べないと生きていけない。食べては自分の死が近づく気がしてた」
お嬢様がどうしてわたしとエイダを推薦したのか、わかる。この不安がいつもつきまとっていたからだ。お嬢様はほんの少し顔を上げて、にこっとほほえんだ。
「でも、今ではそういうのないの。起き上がるのも全然、平気」
お嬢様はほほえむけれど、わたしは心から笑えない。だって、毒を盛られていたということは、お嬢様は誰かに命を狙われているはずだから。