槍とカチューシャ(51~100)
第75話『耳の痛いお説教』
お屋敷に戻ってきたわたしを待っていたのは、もちろんお説教だった。おそろしく眉をつり上げたお嬢様付きの使用人ふたりに、「こっちへ来なさい」と早々に捕まってしまった。使用人室の奥へと追いつめられて、入り口は遠ざけられて、逃げ道は塞がれたも同じだ。
深呼吸したところで、重い雰囲気が変わるわけもない。お嬢様つきの使用人が鼻息を荒くして説教を連ねていく。この時ばかりはシャーレンブレンド語なんてわからなければ良かった。何にもわからない異世界人だったらやり過ごせただろうに、悲しくも全部、聞き取れてしまう。
「お嬢様のお体が弱いことは知っていただろうに、なぜ、お止めしなかった? わたしたちが探していたことも知っていたはずだ。屋敷中を探すことがどれだけ手間で面倒か、わかるか?」
どうも話を聞いていると、お嬢様の心配よりも自分たちがどれだけ大変だったかということに重点を置いているようだ。前から偉そうな態度で、したっぱをバカにしているような連中だったけれど、やっぱり好きになれない。
そろそろ立ったままの足が痛みだしてきた。もう反省しているから、いい加減に解放してくれないかなと足元を見ていたら、部屋の扉が開く音がした。
「あなたたち、部屋の外まで声が聞こえてきましたよ」
ほとんど目を開けずにどうやって見ているのかはわからない仏様のような顔だ。使用人頭のリーゼロッテ様は一直線にわたしたちに近寄ってきた。
叱られた使用人のふたりは先程の勢いを失って、「も、申し訳ありません」とひかえめに言う。こういうとき、明らかな力関係が見える。他人事のように眺めていたら、リーゼロッテ様の仏顔がわたしに迫っていた。
「さて、マキ」
「はい」
「あなたは持ち場を離れたばかりか、お嬢様を墓場までお連れしたというのは事実ですか?」
「事実です」
どう言ったとしても事実に変わりはない。確かに持ち場を離れたのは、使用人として失格だ。エイダにも迷惑をかけてしまったし、規律を乱したことはわかっている。だから、頭を下げた。
「では、申し開きしたいことは?」
「ありません」この行動に自分の口から言えるほどの理由なんてない。
「とにかく、自分がお嬢様についていきたいと思っただけです。お体に障ることもわかっていました。けれど、お墓参りをしたいというお嬢様の気持ちを無下にできませんでした。規律を乱したことは申し訳ありません」
「……わかりました。では、あなたに罰を与えます」
どんな重い罰が与えられるかはわからない。やめさせられるほど悪いことをした自覚はないし、減俸くらいならいいなあと考えた。使用人頭の閉じられた瞳に視線を集中させた。
「これよりお嬢様お付きの使用人として任命いたします」
「あの、リーゼロッテ様」
わたしが言葉を発するよりも先に、黙っていたふたりが慌て出す。それはそうだ。自分たちが役を降ろされたのだから。
「お嬢様がぜひ、マキとエイダをお付きの使用人にしてほしいとおっしゃったのです。あなたたちに口を出す権利はありません。そして、マキ」
「はい」
「お嬢様付きの使用人となったからには、わたくしのもとで指導を受けてもらいます」
「えっ」
今まで掃除用具に触れるくらいの仕事だったのに、いきなりお嬢様の身の回りの仕事をするのだ。それは指導を仰がないと大変かもしれない。
「わたくしは厳しいですよ」
仏様の瞳の奥がぎらっと光ったような気がしないでもなかった。
お屋敷に戻ってきたわたしを待っていたのは、もちろんお説教だった。おそろしく眉をつり上げたお嬢様付きの使用人ふたりに、「こっちへ来なさい」と早々に捕まってしまった。使用人室の奥へと追いつめられて、入り口は遠ざけられて、逃げ道は塞がれたも同じだ。
深呼吸したところで、重い雰囲気が変わるわけもない。お嬢様つきの使用人が鼻息を荒くして説教を連ねていく。この時ばかりはシャーレンブレンド語なんてわからなければ良かった。何にもわからない異世界人だったらやり過ごせただろうに、悲しくも全部、聞き取れてしまう。
「お嬢様のお体が弱いことは知っていただろうに、なぜ、お止めしなかった? わたしたちが探していたことも知っていたはずだ。屋敷中を探すことがどれだけ手間で面倒か、わかるか?」
どうも話を聞いていると、お嬢様の心配よりも自分たちがどれだけ大変だったかということに重点を置いているようだ。前から偉そうな態度で、したっぱをバカにしているような連中だったけれど、やっぱり好きになれない。
そろそろ立ったままの足が痛みだしてきた。もう反省しているから、いい加減に解放してくれないかなと足元を見ていたら、部屋の扉が開く音がした。
「あなたたち、部屋の外まで声が聞こえてきましたよ」
ほとんど目を開けずにどうやって見ているのかはわからない仏様のような顔だ。使用人頭のリーゼロッテ様は一直線にわたしたちに近寄ってきた。
叱られた使用人のふたりは先程の勢いを失って、「も、申し訳ありません」とひかえめに言う。こういうとき、明らかな力関係が見える。他人事のように眺めていたら、リーゼロッテ様の仏顔がわたしに迫っていた。
「さて、マキ」
「はい」
「あなたは持ち場を離れたばかりか、お嬢様を墓場までお連れしたというのは事実ですか?」
「事実です」
どう言ったとしても事実に変わりはない。確かに持ち場を離れたのは、使用人として失格だ。エイダにも迷惑をかけてしまったし、規律を乱したことはわかっている。だから、頭を下げた。
「では、申し開きしたいことは?」
「ありません」この行動に自分の口から言えるほどの理由なんてない。
「とにかく、自分がお嬢様についていきたいと思っただけです。お体に障ることもわかっていました。けれど、お墓参りをしたいというお嬢様の気持ちを無下にできませんでした。規律を乱したことは申し訳ありません」
「……わかりました。では、あなたに罰を与えます」
どんな重い罰が与えられるかはわからない。やめさせられるほど悪いことをした自覚はないし、減俸くらいならいいなあと考えた。使用人頭の閉じられた瞳に視線を集中させた。
「これよりお嬢様お付きの使用人として任命いたします」
「あの、リーゼロッテ様」
わたしが言葉を発するよりも先に、黙っていたふたりが慌て出す。それはそうだ。自分たちが役を降ろされたのだから。
「お嬢様がぜひ、マキとエイダをお付きの使用人にしてほしいとおっしゃったのです。あなたたちに口を出す権利はありません。そして、マキ」
「はい」
「お嬢様付きの使用人となったからには、わたくしのもとで指導を受けてもらいます」
「えっ」
今まで掃除用具に触れるくらいの仕事だったのに、いきなりお嬢様の身の回りの仕事をするのだ。それは指導を仰がないと大変かもしれない。
「わたくしは厳しいですよ」
仏様の瞳の奥がぎらっと光ったような気がしないでもなかった。