槍とカチューシャ(51~100)
第74話『女神の像』
祈りを捧げたあとのお嬢様は、晴れ晴れとした表情をしながら、腰を上げた。長いまつ毛に縁取られた目を細めて、お墓のかたわらにある女神像を仰ぐ。わたしもその隣に並んだ。
こうして、お嬢様のお隣に並ぶなんて、使用人頭が見ていたら怒ることだろう。でも、ここに使用人頭はいないし、お嬢様も気にしたふうではない。まあいいかと思って、「素敵な女神像ですね」と気軽に声をかけた。
「そうでしょ。これはね、ガレーナに舞い降りた女神を模したものなの。何でもその女神は異世界人だったと言われているわ。このガレーナの地に花の種を配り、畑を作ったという伝承が残ってるの」
異世界人がそんな昔から存在していたのかと思うと、ちょっとだけ嬉しい。しかも、こんな女神像になる人もいたなんてすごい。まあ、団長さんのおばあさまも異世界人だと言うし、ずいぶん昔からこういう現象が起きていたのだろう。わたしもそのうちのひとりだけれど。
「……この伝承はお母様が大好きだった。だから、お父様にわたしがワガママを言ったのよ、ここに女神像を建ててって」
お嬢様は意地悪を成功させた子どものようににこっと笑われた。
お嬢様が笑みを浮かべるだけで、周りが陽光に包まれたように明るくなる。胸の辺りがあたたかく感じるのもお嬢様のおかげかもしれない。思わず、わたしも笑ってしまった。
「あなたって使用人らしくないわね」
確かに使用人としてはまだまだ未熟だと思う。慌てて下がり、地面に足を着いた。反省して顎をひいたら、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「頭を上げて。そういう意味じゃないのよ」
「しかし」
「ねえ、上げて」とおっしゃられれば、上げるしかない。言われたように従うと、お嬢様は微笑をたたえていた。その笑顔で緊張が解けていく。
「わたし、嬉しかったの。こうやって誰かと話すのは久しぶりだったから」
「少しでもお役に立てました?」
「もちろんよ」
そう言っていただけると、使用人としては失格だけれど心が軽くなるというか、救われる。
「ねえ、もしあなたが良かったら……」
けれど、次の言葉を耳に入れることはできなくなった。
「お嬢様、ここでしたのね」
お嬢様の笑みが冷えきって失われていく。後ろを振り返れば、声の主が誰であるかわかった。お嬢様のお付きの使用人だ。わたしよりもかなり先輩で、直接の関係はない。
彼女は急いできたのか息を荒くさせて、わたしをにらみつける。報告を怠ったわたしに怒りを覚えているはずだ。それでも、お嬢様の前で叱りつけたりはしない。目だけで「後で覚えてなさい」と言われている気はする。
「さあ、お体に障ります。参りましょう」
使用人に促されて、お嬢様も静かにうなずいた。わたしの前を横切るとき、「またね」とかすかな声がかかった。言葉のように「また」はないかもしれない。でも、この女神像の前で起きたことはずっと忘れないはずだ。
祈りを捧げたあとのお嬢様は、晴れ晴れとした表情をしながら、腰を上げた。長いまつ毛に縁取られた目を細めて、お墓のかたわらにある女神像を仰ぐ。わたしもその隣に並んだ。
こうして、お嬢様のお隣に並ぶなんて、使用人頭が見ていたら怒ることだろう。でも、ここに使用人頭はいないし、お嬢様も気にしたふうではない。まあいいかと思って、「素敵な女神像ですね」と気軽に声をかけた。
「そうでしょ。これはね、ガレーナに舞い降りた女神を模したものなの。何でもその女神は異世界人だったと言われているわ。このガレーナの地に花の種を配り、畑を作ったという伝承が残ってるの」
異世界人がそんな昔から存在していたのかと思うと、ちょっとだけ嬉しい。しかも、こんな女神像になる人もいたなんてすごい。まあ、団長さんのおばあさまも異世界人だと言うし、ずいぶん昔からこういう現象が起きていたのだろう。わたしもそのうちのひとりだけれど。
「……この伝承はお母様が大好きだった。だから、お父様にわたしがワガママを言ったのよ、ここに女神像を建ててって」
お嬢様は意地悪を成功させた子どものようににこっと笑われた。
お嬢様が笑みを浮かべるだけで、周りが陽光に包まれたように明るくなる。胸の辺りがあたたかく感じるのもお嬢様のおかげかもしれない。思わず、わたしも笑ってしまった。
「あなたって使用人らしくないわね」
確かに使用人としてはまだまだ未熟だと思う。慌てて下がり、地面に足を着いた。反省して顎をひいたら、くすくすと笑い声が聞こえてきた。
「頭を上げて。そういう意味じゃないのよ」
「しかし」
「ねえ、上げて」とおっしゃられれば、上げるしかない。言われたように従うと、お嬢様は微笑をたたえていた。その笑顔で緊張が解けていく。
「わたし、嬉しかったの。こうやって誰かと話すのは久しぶりだったから」
「少しでもお役に立てました?」
「もちろんよ」
そう言っていただけると、使用人としては失格だけれど心が軽くなるというか、救われる。
「ねえ、もしあなたが良かったら……」
けれど、次の言葉を耳に入れることはできなくなった。
「お嬢様、ここでしたのね」
お嬢様の笑みが冷えきって失われていく。後ろを振り返れば、声の主が誰であるかわかった。お嬢様のお付きの使用人だ。わたしよりもかなり先輩で、直接の関係はない。
彼女は急いできたのか息を荒くさせて、わたしをにらみつける。報告を怠ったわたしに怒りを覚えているはずだ。それでも、お嬢様の前で叱りつけたりはしない。目だけで「後で覚えてなさい」と言われている気はする。
「さあ、お体に障ります。参りましょう」
使用人に促されて、お嬢様も静かにうなずいた。わたしの前を横切るとき、「またね」とかすかな声がかかった。言葉のように「また」はないかもしれない。でも、この女神像の前で起きたことはずっと忘れないはずだ。