槍とカチューシャ(51~100)
第73話『お墓参り』
お嬢様のお母上が亡くなられていることは、すでに知っていた。現在の奥様が後妻であることも、お屋敷に来てからすぐに聞いた話だ。
噂によれば、お母上は体が大変弱く、ずっと寝たきりだったらしい。結局、病は治ることなく、ベッドの上で息を引き取られたそうだ。
その話を聞いたとき、少ないながらも自分の境遇と重ねてしまった。わたしも母を亡くしている。まだ中学生だった。
ただ、わたしのようなろくでなしの父を持ったわけではない。旦那様はお嬢様を愛していらっしゃるから、その点は良かったと思う。
でもまさか、お嬢様がお墓参りに行きたいだなんて悪い話ではないと感じた。ちゃんと使用人に断れば、許してくれそうなものだ。こんなにこそこそしなくても、堂々とお墓参りに行けるだろう。それなのにどうしてこんな事態になっているのか、すごく気になった。
「何も部屋を抜け出したりされなくても、お墓へ行くとおっしゃれば良かったのではないですか?」
たずねると、お嬢様は足を止めた。わたしのほうに顔を向けて、「お母様はわたしがお墓へ行くことを極端に嫌っているの」と静かにおっしゃった。
「家のなかには前のお母様の肖像画がないでしょ」
確かに、お屋敷にあるのは現在の奥様の肖像画ばかりだ。少し実物とは痩せていたり、肌つやが良かったりする肖像画だ。お屋敷の様々な場所にかけてある。どれも奥様のものだ。
「今のお母様が全部、捨てたの。お母様は、わたしの生みのお母様がお嫌いだから。長い間、お墓へは行けなかったのもそのためだわ。行ったら殺されちゃう」
「まさか」
殺されちゃうなんて冗談にも程がある。だから、笑って返してみたのだけれど、お嬢様はすでに歩き出していた。わたしの目がおかしくなければ、お嬢様の横顔はまるで笑っていなかったような気がする。
「お嬢様?」
心配になって声をかけると、お嬢様は後ろ歩きになりながら、こちらが安心するようなやわらかい笑みを浮かべた。
「嘘よ。お母様はそんな人じゃないから」
それを受けて、心底、安心した。
お屋敷の裏側から抜け出し、森を切り開いて作った公園に行き着いた。墓地といえば、もっと暗くて湿っぽい場所にあるイメージがあったのだけれど、この村は違った。
近くには教会があり、周りは綺麗に整備されていた。花の咲き乱れる原っぱに心地よい日差しを受けたお墓が並ぶ。墓地の奥までの土道を歩いていくと、スウェイト家の広いお墓があった。
小鳥を肩で休ませた女神の像のかたわらにあるお墓に、文字が刻まれていた。お嬢様はお墓の前にしゃがみこみ、指で文字をなぞっていく。頬を流れた涙を拭うかのように、朝露を払っていた。
わたしもお嬢様の後ろの方でしゃがんだ。彼女が指を組んだのを見て、自分も同じように祈りを捧げた。
お嬢様のお母上が亡くなられていることは、すでに知っていた。現在の奥様が後妻であることも、お屋敷に来てからすぐに聞いた話だ。
噂によれば、お母上は体が大変弱く、ずっと寝たきりだったらしい。結局、病は治ることなく、ベッドの上で息を引き取られたそうだ。
その話を聞いたとき、少ないながらも自分の境遇と重ねてしまった。わたしも母を亡くしている。まだ中学生だった。
ただ、わたしのようなろくでなしの父を持ったわけではない。旦那様はお嬢様を愛していらっしゃるから、その点は良かったと思う。
でもまさか、お嬢様がお墓参りに行きたいだなんて悪い話ではないと感じた。ちゃんと使用人に断れば、許してくれそうなものだ。こんなにこそこそしなくても、堂々とお墓参りに行けるだろう。それなのにどうしてこんな事態になっているのか、すごく気になった。
「何も部屋を抜け出したりされなくても、お墓へ行くとおっしゃれば良かったのではないですか?」
たずねると、お嬢様は足を止めた。わたしのほうに顔を向けて、「お母様はわたしがお墓へ行くことを極端に嫌っているの」と静かにおっしゃった。
「家のなかには前のお母様の肖像画がないでしょ」
確かに、お屋敷にあるのは現在の奥様の肖像画ばかりだ。少し実物とは痩せていたり、肌つやが良かったりする肖像画だ。お屋敷の様々な場所にかけてある。どれも奥様のものだ。
「今のお母様が全部、捨てたの。お母様は、わたしの生みのお母様がお嫌いだから。長い間、お墓へは行けなかったのもそのためだわ。行ったら殺されちゃう」
「まさか」
殺されちゃうなんて冗談にも程がある。だから、笑って返してみたのだけれど、お嬢様はすでに歩き出していた。わたしの目がおかしくなければ、お嬢様の横顔はまるで笑っていなかったような気がする。
「お嬢様?」
心配になって声をかけると、お嬢様は後ろ歩きになりながら、こちらが安心するようなやわらかい笑みを浮かべた。
「嘘よ。お母様はそんな人じゃないから」
それを受けて、心底、安心した。
お屋敷の裏側から抜け出し、森を切り開いて作った公園に行き着いた。墓地といえば、もっと暗くて湿っぽい場所にあるイメージがあったのだけれど、この村は違った。
近くには教会があり、周りは綺麗に整備されていた。花の咲き乱れる原っぱに心地よい日差しを受けたお墓が並ぶ。墓地の奥までの土道を歩いていくと、スウェイト家の広いお墓があった。
小鳥を肩で休ませた女神の像のかたわらにあるお墓に、文字が刻まれていた。お嬢様はお墓の前にしゃがみこみ、指で文字をなぞっていく。頬を流れた涙を拭うかのように、朝露を払っていた。
わたしもお嬢様の後ろの方でしゃがんだ。彼女が指を組んだのを見て、自分も同じように祈りを捧げた。