槍とカチューシャ(51~100)
第66話『最後のメッセージ』
何を書こうか、ペン先を下ろす直前まで悩んだ。簡単な言葉じゃなく、それでも団長さんが喜んでくれるものを、と思った。でも結局、めぐりめぐって思い浮かんだのはたったひとことだけ。
――「有難う」。シャーレンブレンドの言葉は気恥ずかしく、日本語にした。ひらがなで書いたら団長さんにあっさり伝わってしまうかもしれないし、それだけは避けたかった。意味を問われたら、「後で夏希くんに聞いてください」とでも言うつもりだった。
「そんなに俺は嫌われていたのか?」
「えっ?」
「この禍々しい文字はきっと、良からぬ呪いの言葉なのだろう」
「禍々しい」って何だ? 団長さんはいらない誤解をしているらしい。
「最後に呪いの言葉を残すとは、俺はこんなにも嫌われていたのだな」
「違います。呪いの言葉なんかじゃありません」
「しかし……」わたしの言葉が信じられないのか、団長さんは目を伏せた。
「それ、『ありがとう』って意味です」
「ありが、とう?」
「はい」
今まで団長さんからもらったメッセージを読み返した。ずっと、シャーレンブレンドで過ごせたのはフィナや夏希のおかげだと思っていた。
だけど、今にして思えば、少なからず、団長さんのおかげでもあるような気がする。お城の生活は決して、退屈ではなかった。
それで最後くらいは素直になろうと思った。ちょっと遠回しの「有難う」を書いてみたのだけれど、まさか「禍々しい」なんて誤解もいいところだ。その誤解のせいで直接、「ありがとう」を告げるはめになったし。
「さすがに『ありがとう』の意味はわかりますよね?」
笑いかけたら、団長さんは眉間がくっついてしまいそうなくらいしわを寄せた。
「何で、そんなに不機嫌そうなんです?」
「違う」
「でも、すごい怖い顔をしてますよ」
「それはすまん。だが、顔の力を緩めると、男として情けない姿を見せてしまいそうだ」
団長さんの情けない姿を、これまでだって見てきたような気がする。何を今さらという感じだ。
「見せたっていいですよ。そういうところも全部、団長さんでしょう」
「……お前に対しては本当に格好がつかない」
団長さんはようやく本日はじめてになる笑顔を見せてくれた。この笑顔が見たかった。わたしは自分から団長さんの頬に手を伸ばした。だって、頬の上をすべる涙に気づいたからだ。親指で拭うと、次の涙は落ちてこなかった。頬から手を離して小さく笑う。
「普通、泣きますか?」
「ずっと、懐かなかった馬がようやく懐いて、背中に乗せてくれたぐらいの喜ばしい気持ちだ。普通、泣くだろう」
「馬と一緒ですか?」
「気を悪くしたか?」
「いえ、まったく」
騎士団の人は本当に人間よりも馬を大事にしている。だから、馬も信頼するし、いざというとき、助けてくれるのだろう。そんな大事な存在に例えてくれたのだからむしろ嬉しい。
「これはありがたくもらっておく」
机の上で丁寧に紙のしわを伸ばす団長さんを見ていたら、「捨ててもいいですよ」なんてことは言えなくなった。
「そろそろ行きます」
「そうか」
「団長さん、お元気で」
「アイミ、またな」
まるでまた明日も会えるような気軽な挨拶を、最後に交わした。
何を書こうか、ペン先を下ろす直前まで悩んだ。簡単な言葉じゃなく、それでも団長さんが喜んでくれるものを、と思った。でも結局、めぐりめぐって思い浮かんだのはたったひとことだけ。
――「有難う」。シャーレンブレンドの言葉は気恥ずかしく、日本語にした。ひらがなで書いたら団長さんにあっさり伝わってしまうかもしれないし、それだけは避けたかった。意味を問われたら、「後で夏希くんに聞いてください」とでも言うつもりだった。
「そんなに俺は嫌われていたのか?」
「えっ?」
「この禍々しい文字はきっと、良からぬ呪いの言葉なのだろう」
「禍々しい」って何だ? 団長さんはいらない誤解をしているらしい。
「最後に呪いの言葉を残すとは、俺はこんなにも嫌われていたのだな」
「違います。呪いの言葉なんかじゃありません」
「しかし……」わたしの言葉が信じられないのか、団長さんは目を伏せた。
「それ、『ありがとう』って意味です」
「ありが、とう?」
「はい」
今まで団長さんからもらったメッセージを読み返した。ずっと、シャーレンブレンドで過ごせたのはフィナや夏希のおかげだと思っていた。
だけど、今にして思えば、少なからず、団長さんのおかげでもあるような気がする。お城の生活は決して、退屈ではなかった。
それで最後くらいは素直になろうと思った。ちょっと遠回しの「有難う」を書いてみたのだけれど、まさか「禍々しい」なんて誤解もいいところだ。その誤解のせいで直接、「ありがとう」を告げるはめになったし。
「さすがに『ありがとう』の意味はわかりますよね?」
笑いかけたら、団長さんは眉間がくっついてしまいそうなくらいしわを寄せた。
「何で、そんなに不機嫌そうなんです?」
「違う」
「でも、すごい怖い顔をしてますよ」
「それはすまん。だが、顔の力を緩めると、男として情けない姿を見せてしまいそうだ」
団長さんの情けない姿を、これまでだって見てきたような気がする。何を今さらという感じだ。
「見せたっていいですよ。そういうところも全部、団長さんでしょう」
「……お前に対しては本当に格好がつかない」
団長さんはようやく本日はじめてになる笑顔を見せてくれた。この笑顔が見たかった。わたしは自分から団長さんの頬に手を伸ばした。だって、頬の上をすべる涙に気づいたからだ。親指で拭うと、次の涙は落ちてこなかった。頬から手を離して小さく笑う。
「普通、泣きますか?」
「ずっと、懐かなかった馬がようやく懐いて、背中に乗せてくれたぐらいの喜ばしい気持ちだ。普通、泣くだろう」
「馬と一緒ですか?」
「気を悪くしたか?」
「いえ、まったく」
騎士団の人は本当に人間よりも馬を大事にしている。だから、馬も信頼するし、いざというとき、助けてくれるのだろう。そんな大事な存在に例えてくれたのだからむしろ嬉しい。
「これはありがたくもらっておく」
机の上で丁寧に紙のしわを伸ばす団長さんを見ていたら、「捨ててもいいですよ」なんてことは言えなくなった。
「そろそろ行きます」
「そうか」
「団長さん、お元気で」
「アイミ、またな」
まるでまた明日も会えるような気軽な挨拶を、最後に交わした。