槍とカチューシャ(51~100)
第65話『別れのとき』
ずっと過ごしてきたこの部屋に別れを告げる。お城から支給されたまっさらなシャツと黒のロングスカートを着たものの、まだ慣れない。ずっと着ていたプリーツスカートとシャツを畳んで、ベッドの上に並べる。もうこれを着ることはないのだ。
――「よくがんばりましたわ。あなたならどこへ行っても大丈夫でしょう」
そう言ってくれたマリー先生。ふくよかな手はわたしをあたたかく包みこんでくれた。
トランクにはマリー先生からもらった日記帳、手紙のセットも入れた。あとはジルさんが仕立ててくれた下着と、上着も忘れていない。団長さんがくれた手紙の数々もトランクのなかに押しこめた。いつの間にこんなにもらってたんだろう。
はじめは「楽しめ」、「がんばれ」とかひとことが多かった。でも最近は「巷で人気な菓子らしい」とか「風邪は良くなったか」とか「昨日は顔色が悪かったな。早く寝ろ」とか、いろんなメッセージをくれた。
改めて読み返してみると、くすぐったく感じて笑えてしまう。これが団長さんの「想い」だった。わたしはまったく団長さんを見てこなかったことがわかる。「好き」と言われるまで団長さんを意識してこなかった。
「あ、そうだ」
最後くらい、自分らしくないことをしてもいいだろう。フィナの手紙でも使っていたお気に入りの花柄のびんせんを引っ張り出す。インク瓶に羽ペンの先を浸し、団長さんへのメッセージを書いた。
――最後に直接、自分から団長さんへメッセージを渡そう。
そう思い立って団長室の扉まで来た。ノックしてすぐに部屋のなかへ招き入れられ、世話係の人はわたしと団長さんをふたりきりにした。まったく気が利いているのか、いないのか。それでも最後だし、と考えたらありがたいかもしれない。
団長さんはいつもの決まった席で難しい顔をしていた。わたしを見て、少しは眉の間を開いたけれど、あの笑顔は浮かんでこない。それが残念だった。
「団長さん、お元気そうですね」
「ああ、お前もな」
団長さんが席から立とうと腰を上げたので、わたしは「そのままで」と止めた。近づいて直接渡すのは恥ずかしく、できれば机の上に置いて、さっさとメッセージを渡したかった。
「団長さん、お別れです」
「ああ、“しばし”のな」
「また、そんなことを言って」
わたしはもう2度と会えないくらいの決意でこうして団長さんの前に立っている。
「俺は本気だ」
「わかってます」
「わかってない」
「わかってますって」
団長さんの真剣な表情を見れば、ひしひしと伝わってくる。冗談なんてひとつも言っていない真顔をしている。これ以上はどちらも退かないとわかっているから、わたしは話をすり替えた。
「最後です。だから、これ」
メッセージを書いた四つ折りのびんせんを机の上にすべらせた。団長さんはしばらく銅像のように固まり続けていたけれど、震える指がびんせんを拾い上げた。紙のすれる音がした。
メッセージを読んだはずの団長さんは、疲れ果てたように長いため息を吐いた。
ずっと過ごしてきたこの部屋に別れを告げる。お城から支給されたまっさらなシャツと黒のロングスカートを着たものの、まだ慣れない。ずっと着ていたプリーツスカートとシャツを畳んで、ベッドの上に並べる。もうこれを着ることはないのだ。
――「よくがんばりましたわ。あなたならどこへ行っても大丈夫でしょう」
そう言ってくれたマリー先生。ふくよかな手はわたしをあたたかく包みこんでくれた。
トランクにはマリー先生からもらった日記帳、手紙のセットも入れた。あとはジルさんが仕立ててくれた下着と、上着も忘れていない。団長さんがくれた手紙の数々もトランクのなかに押しこめた。いつの間にこんなにもらってたんだろう。
はじめは「楽しめ」、「がんばれ」とかひとことが多かった。でも最近は「巷で人気な菓子らしい」とか「風邪は良くなったか」とか「昨日は顔色が悪かったな。早く寝ろ」とか、いろんなメッセージをくれた。
改めて読み返してみると、くすぐったく感じて笑えてしまう。これが団長さんの「想い」だった。わたしはまったく団長さんを見てこなかったことがわかる。「好き」と言われるまで団長さんを意識してこなかった。
「あ、そうだ」
最後くらい、自分らしくないことをしてもいいだろう。フィナの手紙でも使っていたお気に入りの花柄のびんせんを引っ張り出す。インク瓶に羽ペンの先を浸し、団長さんへのメッセージを書いた。
――最後に直接、自分から団長さんへメッセージを渡そう。
そう思い立って団長室の扉まで来た。ノックしてすぐに部屋のなかへ招き入れられ、世話係の人はわたしと団長さんをふたりきりにした。まったく気が利いているのか、いないのか。それでも最後だし、と考えたらありがたいかもしれない。
団長さんはいつもの決まった席で難しい顔をしていた。わたしを見て、少しは眉の間を開いたけれど、あの笑顔は浮かんでこない。それが残念だった。
「団長さん、お元気そうですね」
「ああ、お前もな」
団長さんが席から立とうと腰を上げたので、わたしは「そのままで」と止めた。近づいて直接渡すのは恥ずかしく、できれば机の上に置いて、さっさとメッセージを渡したかった。
「団長さん、お別れです」
「ああ、“しばし”のな」
「また、そんなことを言って」
わたしはもう2度と会えないくらいの決意でこうして団長さんの前に立っている。
「俺は本気だ」
「わかってます」
「わかってない」
「わかってますって」
団長さんの真剣な表情を見れば、ひしひしと伝わってくる。冗談なんてひとつも言っていない真顔をしている。これ以上はどちらも退かないとわかっているから、わたしは話をすり替えた。
「最後です。だから、これ」
メッセージを書いた四つ折りのびんせんを机の上にすべらせた。団長さんはしばらく銅像のように固まり続けていたけれど、震える指がびんせんを拾い上げた。紙のすれる音がした。
メッセージを読んだはずの団長さんは、疲れ果てたように長いため息を吐いた。