槍とカチューシャ(51~100)
第64話『自分の道』
「つまらない」と言われてからは、しばらくの間、落ちこんでいたけれど、単純なわたしの性格のせいか、数日経てば大丈夫だった。
考えてみれば、他人から「つまらない」と言われても、これはわたしが選んだ道だ。あれだけ長いこと考えて、決めたのだから後悔はない。それに、今さら違う道なんて探す時間もない。暇もない。開き直ってしまえば、落ちこんでいた気持ちも消えていった。
どん底だった気持ちが浮上したら、いつものようにほのぼのとした気持ちが舞い戻ってきた。部屋のベッドの上でゴロゴロしながら、マリー先生からお借りした本を読む。
本の内容は、あるお屋敷に住むお嬢様が起業するサクセスストーリー。父親との確執やさわやかな恋愛、お嬢様の葛藤の日々が面白い。お嬢様が新たな事業に手を出そうとしたとき、現実の扉をノックする音が聞こえてきた。
「いいとこだったのに」
この真っ昼間に部屋に来るのは大抵、夏希だろう。夏希なら早々に帰ってもらおう。どうせ大した用事ではないだろうから。警戒することなく簡単に扉を開くと、そこにはジルさんがいた。
珍しくきっちりとまとまった前髪がほつれて額にかかっている。少し息が荒いのも急いで来たのかもしれない。でも、メイドさんは急いで歩いても足音を立てないのだ。気配を消しているといってもいい。メイドさんのなかで、ジルさんは群を抜いてうまい気がした。
部屋に招き入れて、椅子をすすめてみたけれど、ジルさんは「いえ、すぐに失礼いたしますので」と断った。
ジルさんが慌ててやってくるなんて何か事件に違いない。しかも、仕事が終わっていないはずのお昼になんて。その考えはますます正しい気がしてくる。
「それで、ジルさん、どうしたんですか?」
素直な疑問を問いかけたら、目の前のジルさんがわたしの両手首をがっしり掴んだ。驚きつつ、ジルさんの表情をうかがう。いつもは感情の見えない営業用の笑顔で隠されているのに、今日は普段のジルさんが出ていた。白い歯をのぞかせて優しくほほえんでくる。
「マキさんの受け入れ先が見つかりましたよ!」
「本当ですか!」
実はジルさんに頼みこんでメイドの仕事がないか、探してもらっていた。マリー先生も心当たりを探してみると言ってくれたけれど、やっぱり異世界人となると難しいらしい。そこは後ろ楯がないと厳しいのだ。
「スウェイト家がちょうど使用人を探していましてね。先方も急いでいるようで、『ぜひ、欲しい』と言っていただけました。スウェイト家といえば、代々、小さな村を治めています。自然が豊かで良いところですよ」
「スウェイト家」がどんな家であるかは今、冷静に考えられなかった。それよりも、こんなわたしにも働く場所があった。それが飛び上がりたくなるくらい嬉しい。異世界人のわたしでも働けるとわかったから。
「本当にありがとうございます、ジルさん」
「いえ、わたしの力なんて大したものではありません。でも、本当に良かったですね」
ジルさんが自分のことのように嬉しそうに笑ってくれるから、必死に耐えていた涙がこぼれ落ちる。やっと、自分の道が開けた。次の道に歩いていける。わたしは別れがくるということをなるべく考えないように、今は喜びだけに浸った。
「つまらない」と言われてからは、しばらくの間、落ちこんでいたけれど、単純なわたしの性格のせいか、数日経てば大丈夫だった。
考えてみれば、他人から「つまらない」と言われても、これはわたしが選んだ道だ。あれだけ長いこと考えて、決めたのだから後悔はない。それに、今さら違う道なんて探す時間もない。暇もない。開き直ってしまえば、落ちこんでいた気持ちも消えていった。
どん底だった気持ちが浮上したら、いつものようにほのぼのとした気持ちが舞い戻ってきた。部屋のベッドの上でゴロゴロしながら、マリー先生からお借りした本を読む。
本の内容は、あるお屋敷に住むお嬢様が起業するサクセスストーリー。父親との確執やさわやかな恋愛、お嬢様の葛藤の日々が面白い。お嬢様が新たな事業に手を出そうとしたとき、現実の扉をノックする音が聞こえてきた。
「いいとこだったのに」
この真っ昼間に部屋に来るのは大抵、夏希だろう。夏希なら早々に帰ってもらおう。どうせ大した用事ではないだろうから。警戒することなく簡単に扉を開くと、そこにはジルさんがいた。
珍しくきっちりとまとまった前髪がほつれて額にかかっている。少し息が荒いのも急いで来たのかもしれない。でも、メイドさんは急いで歩いても足音を立てないのだ。気配を消しているといってもいい。メイドさんのなかで、ジルさんは群を抜いてうまい気がした。
部屋に招き入れて、椅子をすすめてみたけれど、ジルさんは「いえ、すぐに失礼いたしますので」と断った。
ジルさんが慌ててやってくるなんて何か事件に違いない。しかも、仕事が終わっていないはずのお昼になんて。その考えはますます正しい気がしてくる。
「それで、ジルさん、どうしたんですか?」
素直な疑問を問いかけたら、目の前のジルさんがわたしの両手首をがっしり掴んだ。驚きつつ、ジルさんの表情をうかがう。いつもは感情の見えない営業用の笑顔で隠されているのに、今日は普段のジルさんが出ていた。白い歯をのぞかせて優しくほほえんでくる。
「マキさんの受け入れ先が見つかりましたよ!」
「本当ですか!」
実はジルさんに頼みこんでメイドの仕事がないか、探してもらっていた。マリー先生も心当たりを探してみると言ってくれたけれど、やっぱり異世界人となると難しいらしい。そこは後ろ楯がないと厳しいのだ。
「スウェイト家がちょうど使用人を探していましてね。先方も急いでいるようで、『ぜひ、欲しい』と言っていただけました。スウェイト家といえば、代々、小さな村を治めています。自然が豊かで良いところですよ」
「スウェイト家」がどんな家であるかは今、冷静に考えられなかった。それよりも、こんなわたしにも働く場所があった。それが飛び上がりたくなるくらい嬉しい。異世界人のわたしでも働けるとわかったから。
「本当にありがとうございます、ジルさん」
「いえ、わたしの力なんて大したものではありません。でも、本当に良かったですね」
ジルさんが自分のことのように嬉しそうに笑ってくれるから、必死に耐えていた涙がこぼれ落ちる。やっと、自分の道が開けた。次の道に歩いていける。わたしは別れがくるということをなるべく考えないように、今は喜びだけに浸った。