槍とカチューシャ(51~100)
第63話『カルチョ』
お昼になると大概はサンドイッチやジュースをバスケットに詰めて、中庭で過ごす。ベンチに座り、両足を投げ出して、一羽の鳥の行き先をじっと眺めたり、気の向くままだ。
お城で唯一、自然を感じられる場所が好きだった。窓の外や本の絵とは違い、実際、指で葉の表に触れられる。今日もそんなお昼になるような気がしていたのだけれど、すでに先客がいた。
彼女は長くすらっと引き締まった足を上げて、革でできたボールを蹴っては地面に落としている。栗色の長い髪の毛を後ろにひとつにまとめて、日焼けした肌をさらした後ろ姿には見覚えがあった。
「リータ、何してるの?」
声をかけてしまってから激しく後悔した。リータはボールを地面に落とすと、わたしに鋭い視線を注いでくる。
また、この視線か。彼女はアーヴィングさんが好きらしく、あの事件(わたしがアーヴィングさんと一緒に歩いた)以来、何かとわたしに厳しい視線を送ってくるのだ。
「何って、カルチョよ、悪い?」
「カルチョって……」
地面に転がったボールを足先で蹴っているのを見ると、「カルチョ」は「サッカー」のことだろう。「悪い?」と問われても、別にみんなの中庭だし、悪くはない。好きにすればいい。
リータがボールを蹴りあげるのを見ていると、すぐに重い音を立てて落ちていく。ボールに空気が入っていないのか、かたちも丸くなくいびつだった。たとえ、ボールがかたちになっていなくても、リータは足を止めなかった。
「サッカー……じゃなくてカルチョ好きなの?」
たずねてはみたものの、何かリータにとってダメな質問をしたらしく、ますますにらまれてしまった。ふんと鼻息を吐いたりして、怒らせてしまったかもしれない。
「好きなんてそんな簡単なものじゃない。子どもの頃からカルチョの選手になりたかった。いつかプロの選手になって、世界中を熱狂させたかった。……でも、そんな夢もこっちの世界じゃ意味もないけどね。本当に最悪。というか、何でこんなことをあんたなんかに話してるんだろ」
リータは長いため息を吐いて、またボールに視線を落とした。器用にボールを縦に転がして、足の上にのせる。その状態で動作を止めて見せた。
「リータはお城を出たらどうするつもり?」
「どうってまだ決めてない。これ以上の夢なんてなかったし」
「そっか」
夢を失ったリータにどんな声をかけたらいいのだろう。夢をいきなり奪われた彼女の想いはどういったものか、わたしにはわからない。あえて触れないように、リータの邪魔にならないようにと思って、ベンチに移動して、腰を下ろした。
「……あんたはどうなのよ?」
「わたし?」まさか声をかけられるとは思わなくて驚いた。リータは蹴ることもやめていた。
「あんた以外いないでしょ?」
まあ、それもそうだ。中庭にはリータと木々で羽を休める鳥とわたしくらいしかいない。会話を投げかけられたのだから、返さなくては失礼だろう。
「わたしはメイドになるつもりだけど」
自信のないまま告げたら、リータは鼻で笑ってきた。
「メイドって、人に使われる仕事じゃない。それって何が楽しいの?」
「楽しいかどうかはまだわからないよ。これからやるんだし。でも、人に使われるとは思ってない。人の役に立ちたいと思ってるから」
夢を持ったことのないわたしだけれど、リータに笑われるような選択をしたつもりではない。考えに考えたし、後悔しないようにこの道を選んだのだ。
「人の役に立つ……」
「そう」
「綺麗事でしょ。ようはご主人様にこきつかわれる仕事じゃない。まったくつまらない」
リータはボールを片腕で抱え上げると、本当にひどくつまらなそうにあくびをした。わたしから背中を向けると、中庭を去っていった。
お昼になると大概はサンドイッチやジュースをバスケットに詰めて、中庭で過ごす。ベンチに座り、両足を投げ出して、一羽の鳥の行き先をじっと眺めたり、気の向くままだ。
お城で唯一、自然を感じられる場所が好きだった。窓の外や本の絵とは違い、実際、指で葉の表に触れられる。今日もそんなお昼になるような気がしていたのだけれど、すでに先客がいた。
彼女は長くすらっと引き締まった足を上げて、革でできたボールを蹴っては地面に落としている。栗色の長い髪の毛を後ろにひとつにまとめて、日焼けした肌をさらした後ろ姿には見覚えがあった。
「リータ、何してるの?」
声をかけてしまってから激しく後悔した。リータはボールを地面に落とすと、わたしに鋭い視線を注いでくる。
また、この視線か。彼女はアーヴィングさんが好きらしく、あの事件(わたしがアーヴィングさんと一緒に歩いた)以来、何かとわたしに厳しい視線を送ってくるのだ。
「何って、カルチョよ、悪い?」
「カルチョって……」
地面に転がったボールを足先で蹴っているのを見ると、「カルチョ」は「サッカー」のことだろう。「悪い?」と問われても、別にみんなの中庭だし、悪くはない。好きにすればいい。
リータがボールを蹴りあげるのを見ていると、すぐに重い音を立てて落ちていく。ボールに空気が入っていないのか、かたちも丸くなくいびつだった。たとえ、ボールがかたちになっていなくても、リータは足を止めなかった。
「サッカー……じゃなくてカルチョ好きなの?」
たずねてはみたものの、何かリータにとってダメな質問をしたらしく、ますますにらまれてしまった。ふんと鼻息を吐いたりして、怒らせてしまったかもしれない。
「好きなんてそんな簡単なものじゃない。子どもの頃からカルチョの選手になりたかった。いつかプロの選手になって、世界中を熱狂させたかった。……でも、そんな夢もこっちの世界じゃ意味もないけどね。本当に最悪。というか、何でこんなことをあんたなんかに話してるんだろ」
リータは長いため息を吐いて、またボールに視線を落とした。器用にボールを縦に転がして、足の上にのせる。その状態で動作を止めて見せた。
「リータはお城を出たらどうするつもり?」
「どうってまだ決めてない。これ以上の夢なんてなかったし」
「そっか」
夢を失ったリータにどんな声をかけたらいいのだろう。夢をいきなり奪われた彼女の想いはどういったものか、わたしにはわからない。あえて触れないように、リータの邪魔にならないようにと思って、ベンチに移動して、腰を下ろした。
「……あんたはどうなのよ?」
「わたし?」まさか声をかけられるとは思わなくて驚いた。リータは蹴ることもやめていた。
「あんた以外いないでしょ?」
まあ、それもそうだ。中庭にはリータと木々で羽を休める鳥とわたしくらいしかいない。会話を投げかけられたのだから、返さなくては失礼だろう。
「わたしはメイドになるつもりだけど」
自信のないまま告げたら、リータは鼻で笑ってきた。
「メイドって、人に使われる仕事じゃない。それって何が楽しいの?」
「楽しいかどうかはまだわからないよ。これからやるんだし。でも、人に使われるとは思ってない。人の役に立ちたいと思ってるから」
夢を持ったことのないわたしだけれど、リータに笑われるような選択をしたつもりではない。考えに考えたし、後悔しないようにこの道を選んだのだ。
「人の役に立つ……」
「そう」
「綺麗事でしょ。ようはご主人様にこきつかわれる仕事じゃない。まったくつまらない」
リータはボールを片腕で抱え上げると、本当にひどくつまらなそうにあくびをした。わたしから背中を向けると、中庭を去っていった。