槍とカチューシャ(51~100)
第62話『それから』
遠乗りから帰ってきた翌日――。
「それから、どうなりましたか?」
夏希は質問の答えをいち早く聞きたいというように、顔を近づけてくる。
――夏希って男の子だよね? こんな男女の話に興味あるの? と聞きたくなったけれど、団長さんが大好きな夏希だから気になるんだろうなと思う。
いつもの中庭にあるいつものベンチで、落ち着かない気持ちに襲われながら、わたしは夏希の質問について考えた。
「別に何にもないよ。ランチ(ジルさん特製のサンドイッチ)を食べて、おしゃべりして、帰ってきただけ」
「本当にそれだけですか?」
信じられないというように目を見開いて聞いてくる。
信じてもらえなくても、これが事実だ。帰りの道のりでは、団長さんは頭を撫でる以上のセクハラをしなかった。思い返してみても他には何にもない。自室に戻ったら、あまりの疲労感にベッドに倒れこんだだけだ。今朝は筋肉痛で、全身が固まって起きるのに大変だった。
「本当」
うなずくと、「ほら、告白したら、そのあと何かあるでしょう?」なんて夏希は言う。「何か?」って何だろう? つい昨日のことを思い返してみるけれど、これといって変わった現象はない。
夏希は焦れたように「つき合うとか、つき合わないとかです」と補足してきた。なるほど、そういう意味か。
「ああ、それなら、断ったよ」
「えっ、断ったんですか?」
「うん」
好きになれないときっぱり返事をした。断って「待つ」と言ってもらったけれど、ふたりの関係に変わりはない。騎士団の団長さんと異世界人のわたしの関係はそのままだ。それを聞いた夏希はうなる。
「断られたにしては団長、機嫌が良かったような」
「良かったの?」
「ええ、微妙な違いですけどね。眉間のしわが少なかったといいますか」
それなら、ちょっとわかる気がする。団長さんの眉間のしわは時々感情を表していると思うのだ。かなりしわが寄っているときはかなり不機嫌だし、そうでもないときは大分機嫌が良さそうに見える。
「そっか。なら、良かった」
今日もらった贈り物を見下ろしながら心の底からそう思った。
紫の花の絵がちりばめられた袋のなかに入っていたのは、カップケーキ。上には小さなチョコが乗っていて可愛らしい。
夏希にも「食べる?」とすすめたけれど、「まだ、死にたくありません」と愛想笑いで断られた。死にたくないってどういうことだろう。毒が入っているわけでもないだろうに。
「『好きだ』か……」
カップケーキと一緒に入っていたメッセージカードには、『好きだ』なんて胸焼けしそうな言葉がつづられている。見慣れた文字を指でなぞると、疑問がわいた。
「団長さんもどうしてわたしを好きになったんだろうね」
自分自身も好きになれないのにまして、他人が好きになるなんて信じられない。本人に直接聞いてみるのは抵抗があるし、答えてもらったらそれで恥ずかしくて嫌になってしまいそうだ。
「マキさん」
「なに?」
夏希の短い髪が風で揺れる。
「僕もマキさんのことは好きです。もちろん、親愛の意味で、ですけど」
そりゃそうだろうと思いながら、「何だ、残念」と冗談で返した。夏希にも冗談が通じたようで笑ってくれる。
「はじめて会ったあの日、手かせをはめた状態で殴られたときはなんて人だと思いました」
「ちょっとやめてよ」
あの時は何にも知らなくて、夏希に怒りの矛先を向けていた。思い出したくもない恥ずかしい話なのだ。
「でも、きっと、団長もそういうところが好きなんだと思います」
「狂暴なとこ?」
「そうかもしれませんね」
夏希もいうようになった。否定したいけれど、どれだけわたしが言葉で噛みついてみても団長さんは怒ったりしなかった。むしろ、面白がっていた。夏希の言ったことはあながち間違っていないかもしれない。
「フィナも夏希くんのそういうところを好きになってくれるといいね」
「そういうところって何ですか?」
優しくてお人好しで何でも答えてくれるところ……とは言ってあげない。
「ちょっと、マキさん!」
「狂暴なところ」のお返しだ。
遠乗りから帰ってきた翌日――。
「それから、どうなりましたか?」
夏希は質問の答えをいち早く聞きたいというように、顔を近づけてくる。
――夏希って男の子だよね? こんな男女の話に興味あるの? と聞きたくなったけれど、団長さんが大好きな夏希だから気になるんだろうなと思う。
いつもの中庭にあるいつものベンチで、落ち着かない気持ちに襲われながら、わたしは夏希の質問について考えた。
「別に何にもないよ。ランチ(ジルさん特製のサンドイッチ)を食べて、おしゃべりして、帰ってきただけ」
「本当にそれだけですか?」
信じられないというように目を見開いて聞いてくる。
信じてもらえなくても、これが事実だ。帰りの道のりでは、団長さんは頭を撫でる以上のセクハラをしなかった。思い返してみても他には何にもない。自室に戻ったら、あまりの疲労感にベッドに倒れこんだだけだ。今朝は筋肉痛で、全身が固まって起きるのに大変だった。
「本当」
うなずくと、「ほら、告白したら、そのあと何かあるでしょう?」なんて夏希は言う。「何か?」って何だろう? つい昨日のことを思い返してみるけれど、これといって変わった現象はない。
夏希は焦れたように「つき合うとか、つき合わないとかです」と補足してきた。なるほど、そういう意味か。
「ああ、それなら、断ったよ」
「えっ、断ったんですか?」
「うん」
好きになれないときっぱり返事をした。断って「待つ」と言ってもらったけれど、ふたりの関係に変わりはない。騎士団の団長さんと異世界人のわたしの関係はそのままだ。それを聞いた夏希はうなる。
「断られたにしては団長、機嫌が良かったような」
「良かったの?」
「ええ、微妙な違いですけどね。眉間のしわが少なかったといいますか」
それなら、ちょっとわかる気がする。団長さんの眉間のしわは時々感情を表していると思うのだ。かなりしわが寄っているときはかなり不機嫌だし、そうでもないときは大分機嫌が良さそうに見える。
「そっか。なら、良かった」
今日もらった贈り物を見下ろしながら心の底からそう思った。
紫の花の絵がちりばめられた袋のなかに入っていたのは、カップケーキ。上には小さなチョコが乗っていて可愛らしい。
夏希にも「食べる?」とすすめたけれど、「まだ、死にたくありません」と愛想笑いで断られた。死にたくないってどういうことだろう。毒が入っているわけでもないだろうに。
「『好きだ』か……」
カップケーキと一緒に入っていたメッセージカードには、『好きだ』なんて胸焼けしそうな言葉がつづられている。見慣れた文字を指でなぞると、疑問がわいた。
「団長さんもどうしてわたしを好きになったんだろうね」
自分自身も好きになれないのにまして、他人が好きになるなんて信じられない。本人に直接聞いてみるのは抵抗があるし、答えてもらったらそれで恥ずかしくて嫌になってしまいそうだ。
「マキさん」
「なに?」
夏希の短い髪が風で揺れる。
「僕もマキさんのことは好きです。もちろん、親愛の意味で、ですけど」
そりゃそうだろうと思いながら、「何だ、残念」と冗談で返した。夏希にも冗談が通じたようで笑ってくれる。
「はじめて会ったあの日、手かせをはめた状態で殴られたときはなんて人だと思いました」
「ちょっとやめてよ」
あの時は何にも知らなくて、夏希に怒りの矛先を向けていた。思い出したくもない恥ずかしい話なのだ。
「でも、きっと、団長もそういうところが好きなんだと思います」
「狂暴なとこ?」
「そうかもしれませんね」
夏希もいうようになった。否定したいけれど、どれだけわたしが言葉で噛みついてみても団長さんは怒ったりしなかった。むしろ、面白がっていた。夏希の言ったことはあながち間違っていないかもしれない。
「フィナも夏希くんのそういうところを好きになってくれるといいね」
「そういうところって何ですか?」
優しくてお人好しで何でも答えてくれるところ……とは言ってあげない。
「ちょっと、マキさん!」
「狂暴なところ」のお返しだ。