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槍とカチューシャ(51~100)

第61話『支えに』

「大分、仲良くなれたみたいね」

 ジルさんの呑気な声で一気に全身の熱が駆けめぐった。そうだ、今さらだけれど、ジルさんがいる前で、団長さんはあんな言葉を吐いたのだ。もう自分の存在すべてが恥ずかしくて葬りたくなる。せめてもの抵抗が「仲良くなんてありません」だった。

「そう?」

「そうです」

「いいのよ。わたしのことは気にしないで。お邪魔なら少し消えていましょうか?」

「ああ、お前はそうしろ」

 団長さんの答えにわたしは思い切り「いいえ!」を食らわした。

「今日はジルさんと遊びに来たんです。団長さんは“おまけ”ですからね。わかってます?」

 忘れるところだった。これはジルさんとの約束であって、団長さんとのデート(恥ずかしい)ではないのだ。絶対にない。おまけの団長さんが「そうなのか」と落ちこんだように見せても、フォローなんかしてあげない。

「そうだったわね、マキさん。じゃあ、お昼にしながら、おしゃべりでもしましょうか?」

 うつむいて固まったままの団長さんは見ないようにして、わたしはジルさんの提案にのった。心も体も疲れたみたいでお腹が大分空いてしまっている。申し出はありがたかった。

 湖の近くの平らな場所でシートを広げた。ジルさん特製のサンドイッチは分厚いハムがはさまっていてジューシー、野菜のしゃきしゃき感に、2つも平らげてしまった。あんな落ちこんでいたはずの団長さんも気分を持ち直して、結局、5つも食べていた。

 おしゃべりもおしゃべりで、ジルさんと色んな話をした。団長さんがふてくされたように「おい」と邪魔してきたりして、なごやかな時間だった。

 お昼を済ませたあとは森の入り口まで苦労して戻り、馬の上に乗った。あとはひたすらお城を目指し、駆けていくだけだ。先頭をいく団長さんの後ろ姿をずっと観ていたら、背中から声がした。

「マキさん」

「何ですか?」

「ジェラールが気になる?」

「そ、そういうわけでは」

 ないとも言い切れないのが苦しい。気にしているのは確かだ。

「あのね、ジェラールを無理に好きになれなんて言わないわ。あんな槍を振るうくらいしか脳のない男をすすめる気にもなれない。でもね」

 ひどい言い様だと思いながらも、ジルさんの声は包みこむように優しかった。

「あなたにはどういう立場になっても彼を支えてほしい」

 きっと、それは、「恋人」になれなくても「友人」として支えてほしいという意味だろう。

「騎士は大変な仕事よ。死に直面することもあるのかもしれない。そんな大変なとき、あなたのような大切な存在がいたら、何がなんでも戻りたいと思うはずよ。そして、ジェラールなら絶対に帰ってくる」

 とても重い言葉だった。でも、団長さんが無事に帰って来れるなら、わたしは構わない。

「ジルさん、わたしに何ができるかわからないけど、団長さんの支えになるならそばにいます。近いうちにもしかしたら、そばにいられなくなるけれど、ちゃんと心では団長さんの無事を祈ってます」

 今できることを正直に言ったら、ジルさんは「よろしくね」と声をかけてくれた。よろしくされて本当に大丈夫なのかと思いながらも、重圧には感じなかった。むしろ、無事を祈るという宣言をしたら、心のすみにあった淋しさが少しだけやわらいだような気がした。
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Clap