槍とカチューシャ(51~100)
第60話『やめない』
「……冗談だ」
言葉では逃げ道を用意してくれたけれど、とても真剣な表情だったから冗談だとは思えなかった。団長さんは「ふっ」と笑い声をもらしたあと、わたしの頭を優しく撫でてくる。
「俺の気が変わるとするなら、そういうことだ。お前の気持ちを重視して、待つことは待つ。だが、会いたくなれば、俺から会いに行く」
「本気ですか?」
「当たり前だ。惚れた女に会いに行くのは普通だろう」
「惚れた女」とか、よく言えるなと思う。団長さんは真面目な顔をしているけれど、こちらのほうが恥ずかしくなってくる。団長さんの押しに負けたくなくて、相手が困りそうな疑問を探した。
「わたしがメイドになってもですか?」
「言っただろう? お前が一人前になるまで待つ。それまでも贈り物はやめないし、手紙も送り続ける、ずっとな」
「ずっと?」
「ああ、お前を好きでいてやる」
上から目線だと思いつつも、「好き」という言葉は素直に嬉しかった。団長さんが変わらないことに安心している。信じてもいいようなそんな気がしてきてしまう。だけど、まだダメだ。頭のすみに顔のないあの男の姿がちらっと浮かんで消えた。
「アイミ」
話を聞いたはずなのに、相変わらず、わたしのことを「アイミ」と呼んでくる。でも不思議と嫌じゃなかった。この人なら仕方ないかなと思えてしまう。好きなだけ、「アイミ」と呼べばいいなんて。
「何ですか?」だけど、嫌だとなっているのだから、ふてくされたようにたずねる。
「好きだ」
「ああ、もう、やめてくださいよ」
恥ずかしさとくすぐったさでいたたまれない。耳を塞ぎたい。ここから早く逃げ出して、自室のベッドに顔をうずめたい。それなのに、団長さんは甘い空気を放つ。
「やめない」
こんなあまっとろい雰囲気はわたしの柄ではない。できるだけ自然を装って話をすり替えることにした。
「そ、それにしても、ジルさん遅いですね」
後から追いかけると言っていたけれど、まったくやってくる気配もないまま、結構な時が過ぎた気がする。
心配になって団長さんに同意を求めたら、長いため息を吐かれてしまった。これっておそらくはわたしのことに対して、呆れているのだと思う。別に普通のことをただ言っているだけなのに、そんな呆れられるようなことを言った覚えはない。ちょっとムッとして団長さんをにらみつけたら、
「おい、出てきたらどうだ?」
いきなり何を言うのかと思えば、前方から枝が踏みつけられて弾ける音が聞こえてきた。
「ジルさん!」
木々の間から顔を出してきたのはジルさんだった。疲れをひとつも感じさせない綺麗なお肌は相変わらずで、大分、前から潜んでいたようだ。
「何だ、気づいてたのね。悔しい」
「当たり前だ。そんな下手な隠れ方ではすぐにわかる」
「騎士団に敵うわけないじゃない」
「ふん、悔しいなら、あのアーヴィングに教わったらどうだ?」
「なぜ、そこであのアーヴィングの名前が出てくるのよ?」
「さあな」
さすがに幼なじみにもなると、ぽんぽんと会話が繋がっていく。ジルさん相手だったら、団長さんも眉のしわを解いていて楽しそうだ。感心していると、いきなりある疑問が浮かんできた。
「えっと、ジルさんがずいぶん前から潜んでいたってことは、これまでの話を聞いていた?」
団長さんがわたしに「好き」と告げたことも、それを断ったことも、過去の話も。
「ごめんなさい。でも、出るにでられなくて」
確かに途中で、ジルさんに登場されたら、変な雰囲気になりそうだ。でも、一番問題なのは団長さんだ。ジルさんが潜んでいたことを知っていたうえで、あんな告白をした。平然とわたしの話を聞いた。それが腹立たしい。
「団長さん、わかっていたなら止めてくださいよ。あんな話までしてしまって、恥ずかしいじゃないですか」
「すまなかった。だが、お前が自分の話をしてくれて嬉しくて。だからつい、ジルの存在を忘れた」
こちらは目を細めてにらみつけれているはずなのに、団長さんから来る視線は穏やかで優しい。何でそんな優しい視線ができるのだろう。見つめられるだけで、言葉に詰まってしまう。
わたしは顔をそらすのが精一杯だった。
「……冗談だ」
言葉では逃げ道を用意してくれたけれど、とても真剣な表情だったから冗談だとは思えなかった。団長さんは「ふっ」と笑い声をもらしたあと、わたしの頭を優しく撫でてくる。
「俺の気が変わるとするなら、そういうことだ。お前の気持ちを重視して、待つことは待つ。だが、会いたくなれば、俺から会いに行く」
「本気ですか?」
「当たり前だ。惚れた女に会いに行くのは普通だろう」
「惚れた女」とか、よく言えるなと思う。団長さんは真面目な顔をしているけれど、こちらのほうが恥ずかしくなってくる。団長さんの押しに負けたくなくて、相手が困りそうな疑問を探した。
「わたしがメイドになってもですか?」
「言っただろう? お前が一人前になるまで待つ。それまでも贈り物はやめないし、手紙も送り続ける、ずっとな」
「ずっと?」
「ああ、お前を好きでいてやる」
上から目線だと思いつつも、「好き」という言葉は素直に嬉しかった。団長さんが変わらないことに安心している。信じてもいいようなそんな気がしてきてしまう。だけど、まだダメだ。頭のすみに顔のないあの男の姿がちらっと浮かんで消えた。
「アイミ」
話を聞いたはずなのに、相変わらず、わたしのことを「アイミ」と呼んでくる。でも不思議と嫌じゃなかった。この人なら仕方ないかなと思えてしまう。好きなだけ、「アイミ」と呼べばいいなんて。
「何ですか?」だけど、嫌だとなっているのだから、ふてくされたようにたずねる。
「好きだ」
「ああ、もう、やめてくださいよ」
恥ずかしさとくすぐったさでいたたまれない。耳を塞ぎたい。ここから早く逃げ出して、自室のベッドに顔をうずめたい。それなのに、団長さんは甘い空気を放つ。
「やめない」
こんなあまっとろい雰囲気はわたしの柄ではない。できるだけ自然を装って話をすり替えることにした。
「そ、それにしても、ジルさん遅いですね」
後から追いかけると言っていたけれど、まったくやってくる気配もないまま、結構な時が過ぎた気がする。
心配になって団長さんに同意を求めたら、長いため息を吐かれてしまった。これっておそらくはわたしのことに対して、呆れているのだと思う。別に普通のことをただ言っているだけなのに、そんな呆れられるようなことを言った覚えはない。ちょっとムッとして団長さんをにらみつけたら、
「おい、出てきたらどうだ?」
いきなり何を言うのかと思えば、前方から枝が踏みつけられて弾ける音が聞こえてきた。
「ジルさん!」
木々の間から顔を出してきたのはジルさんだった。疲れをひとつも感じさせない綺麗なお肌は相変わらずで、大分、前から潜んでいたようだ。
「何だ、気づいてたのね。悔しい」
「当たり前だ。そんな下手な隠れ方ではすぐにわかる」
「騎士団に敵うわけないじゃない」
「ふん、悔しいなら、あのアーヴィングに教わったらどうだ?」
「なぜ、そこであのアーヴィングの名前が出てくるのよ?」
「さあな」
さすがに幼なじみにもなると、ぽんぽんと会話が繋がっていく。ジルさん相手だったら、団長さんも眉のしわを解いていて楽しそうだ。感心していると、いきなりある疑問が浮かんできた。
「えっと、ジルさんがずいぶん前から潜んでいたってことは、これまでの話を聞いていた?」
団長さんがわたしに「好き」と告げたことも、それを断ったことも、過去の話も。
「ごめんなさい。でも、出るにでられなくて」
確かに途中で、ジルさんに登場されたら、変な雰囲気になりそうだ。でも、一番問題なのは団長さんだ。ジルさんが潜んでいたことを知っていたうえで、あんな告白をした。平然とわたしの話を聞いた。それが腹立たしい。
「団長さん、わかっていたなら止めてくださいよ。あんな話までしてしまって、恥ずかしいじゃないですか」
「すまなかった。だが、お前が自分の話をしてくれて嬉しくて。だからつい、ジルの存在を忘れた」
こちらは目を細めてにらみつけれているはずなのに、団長さんから来る視線は穏やかで優しい。何でそんな優しい視線ができるのだろう。見つめられるだけで、言葉に詰まってしまう。
わたしは顔をそらすのが精一杯だった。