槍とカチューシャ(51~100)
第58話『告白』
何度訴えても団長さんの腕はびくともしない。たくましい腕に囲まれて、身動きがとれない状況だ。訓練のたまものである鍛え上げられた腕が、このときばかりは憎らしい。
「いい加減、離してくださいよ」
「嫌だ」
「嫌だって、団長さんいくつですか? もう駄々をこねる歳でもないでしょう」
「お前のせいだ」
わたしのせいにするのも大の男がする言い訳ではないと思う。そちらが勝手に抱き着いてきたのだから、こちらに非はない。
「わたしのせいって何でですか?」
「お前はいつも俺を振り回す」
――振り回す? 冗談じゃない。むしろ、こうやって人の体に触れてきたり、ぬくもりを伝えてくる団長さんのほうが、よっぽどわたしを振り回している。どれだけわたしの心臓が締めつけられているかも知らないくせに、勝手なことを言わないでほしい。
「わたしはそんなことしてません」
「している」
半ばあきれてしまう。否定しても、すぐさま返されるから、こちらのほうが黙ってしまった。
「俺はこれで最後にしたくない。それなのにお前は諦めている」
諦めているというよりかは仕方ないのだ。身分も関係なく団長さんと出かけられるのは、これが最後だろうし、お城を出ればこういうこともなくなる。贈り物も、お茶会も終わり。
団長さんがわたしのことをどう思っているか知らない。でも、少しはわたしのことを考えてくれるなら、笑顔で「さよなら」を言わせてほしい。この思い出を忘れないとか、そんな嘘でも言ってほしかった。
「最後にしないからな。何度でもお前に会ってやる。ここに連れてきてやる」
また、そんな優しい言葉を吐いてくるなんて、やばいと思った。目頭が熱くなってきている。きっと涙がこぼれ落ちる間際だ。涙をこらえながら、
「わたしはただの異世界人のひとりですよ。そんなに優しくしないでください。勘違いします」
情けない。反論しようと思った声が震えてしまう。
「お前は俺にとって単なる異世界人ではない」
「じゃあ、何ですか?」
「妻だ」
まだ言っているのか。
「妻じゃありません。冗談はやめて……」
「ずっと、本気だ。お前を妻にしたいのは嘘偽りではない。俺はお前を……」
団長さんはあれだけすらすらと話をしていたのに、いきなり言葉が途切れた。周囲の音が止まる。もう辺りのものは何もかも消えて、わたしと団長さんしかいないような気がした。
「好きだ」
こらえていた涙が頬をすべり落ちるのがわかる。団長さんの言葉が耳に入り、頭で理解するまでずいぶん時間がかかった。
「好き?」
「ああ」
「好きなんですか、わたしのこと?」
「気づいていなかったのか?」
「はい」
大きなため息のあとに「それなら、今はもう気づいただろう」と頭をなでられた。こんな優しさもわたしを好きだという気持ちから来ているのだろうか。
「好き」について考えていたら、頭のなかにある人の影がちらついた。誰にも話したことはなかった、フィナにも。団長さんに返事をする前にどうしても話したい。
「団長さん、昔話をしていいですか?」
団長さんなら申し出を受け入れてくれると思った。その通りに、神妙な面持ちでうなずいてくれた。
何度訴えても団長さんの腕はびくともしない。たくましい腕に囲まれて、身動きがとれない状況だ。訓練のたまものである鍛え上げられた腕が、このときばかりは憎らしい。
「いい加減、離してくださいよ」
「嫌だ」
「嫌だって、団長さんいくつですか? もう駄々をこねる歳でもないでしょう」
「お前のせいだ」
わたしのせいにするのも大の男がする言い訳ではないと思う。そちらが勝手に抱き着いてきたのだから、こちらに非はない。
「わたしのせいって何でですか?」
「お前はいつも俺を振り回す」
――振り回す? 冗談じゃない。むしろ、こうやって人の体に触れてきたり、ぬくもりを伝えてくる団長さんのほうが、よっぽどわたしを振り回している。どれだけわたしの心臓が締めつけられているかも知らないくせに、勝手なことを言わないでほしい。
「わたしはそんなことしてません」
「している」
半ばあきれてしまう。否定しても、すぐさま返されるから、こちらのほうが黙ってしまった。
「俺はこれで最後にしたくない。それなのにお前は諦めている」
諦めているというよりかは仕方ないのだ。身分も関係なく団長さんと出かけられるのは、これが最後だろうし、お城を出ればこういうこともなくなる。贈り物も、お茶会も終わり。
団長さんがわたしのことをどう思っているか知らない。でも、少しはわたしのことを考えてくれるなら、笑顔で「さよなら」を言わせてほしい。この思い出を忘れないとか、そんな嘘でも言ってほしかった。
「最後にしないからな。何度でもお前に会ってやる。ここに連れてきてやる」
また、そんな優しい言葉を吐いてくるなんて、やばいと思った。目頭が熱くなってきている。きっと涙がこぼれ落ちる間際だ。涙をこらえながら、
「わたしはただの異世界人のひとりですよ。そんなに優しくしないでください。勘違いします」
情けない。反論しようと思った声が震えてしまう。
「お前は俺にとって単なる異世界人ではない」
「じゃあ、何ですか?」
「妻だ」
まだ言っているのか。
「妻じゃありません。冗談はやめて……」
「ずっと、本気だ。お前を妻にしたいのは嘘偽りではない。俺はお前を……」
団長さんはあれだけすらすらと話をしていたのに、いきなり言葉が途切れた。周囲の音が止まる。もう辺りのものは何もかも消えて、わたしと団長さんしかいないような気がした。
「好きだ」
こらえていた涙が頬をすべり落ちるのがわかる。団長さんの言葉が耳に入り、頭で理解するまでずいぶん時間がかかった。
「好き?」
「ああ」
「好きなんですか、わたしのこと?」
「気づいていなかったのか?」
「はい」
大きなため息のあとに「それなら、今はもう気づいただろう」と頭をなでられた。こんな優しさもわたしを好きだという気持ちから来ているのだろうか。
「好き」について考えていたら、頭のなかにある人の影がちらついた。誰にも話したことはなかった、フィナにも。団長さんに返事をする前にどうしても話したい。
「団長さん、昔話をしていいですか?」
団長さんなら申し出を受け入れてくれると思った。その通りに、神妙な面持ちでうなずいてくれた。