槍とカチューシャ(51~100)
第56話『あの場所』
“あの場所”というのはどうやら森のことだったらしい。シャーレンブレンドの街から離れたところに、こんな大きな森があったなんて知らなかった。
森の入り口付近には先に到着していた団長さんが待っていた。愛馬の黒い背を撫でる手つきは優しい。表情の強ばりが無くなって、やわらかい感じなのも意外だった。
馬が相手ならこういう顔もできるのだなと、ちょっと感心する。案外、団長さんは動物好きだったりするのかもしれない。わたしたちに気づいた団長さんは、不機嫌な顔にわざわざ戻して白馬に近寄ってくる。
馬の横まで来て足を止めた。何か言うかと思ったら、口を閉ざしたまま、さっと目の前に手を差し出してきた。会ったときには人を荷物のように扱っていたのに、どういう心境だろう。もしかして、ジルさんに叱られたからだったりして。
戸惑いながらも、大きな手のひらの上に自分の手を重ねる。彼の手を借りて地面に足を下ろした。この先に何があるのか知らない。ジルさんにたずねてみると、「森の奥に湖があるのよ」と答えてくれた。
「湖?」
「すごく綺麗なの」
湖を見るのは久しぶりだ。元の世界では旅行なんてほとんどしなかったし、最後に湖を見たのはいつだったか記憶にない。馬に乗った後で足はガクガクだけれど、「すごく綺麗」と言われたら進むしかないだろう。
団長さんは白馬の手綱を太めの幹に結んだあと、「行くぞ」と声をかけた。わたしも足を進めようとした。だけど、ジルさんはその場で足を止めてしまう。
「ジルさん?」
「少し疲れたわ。とても歩けそうにないの」
ジルさんは取り出したハンカチで額の汗を拭う。よっぽど疲れたのだろうと想像がつく。ジルさんが行かないのなら、わたしもその場にとどまろうと思った。それなのに、
「マキさんとジェラールは行って」
「えっ? でも、ひとりにするわけには」
「わたしは大丈夫。少し休んだら追いかけるし、道もわかっているから」
ジルさんは切り株に腰を落ち着かせて、にこっと微笑んだ。それでもいいのかなと悩んでいたら、団長さんが「わかった、行くぞ」と強引に腕を取ってきた。
何か、心がすっきりしない。それでも、ジルさんまでが「さあ、行って」と促してくるから、とどまるのはやめるしかない。
――団長さんとふたりきりってどうなんだろう? そもそもジルさんと出かけるはずじゃ。疑問に襲われつつも、わたしは団長さんとともに森に足を踏み入れることにした。
“あの場所”というのはどうやら森のことだったらしい。シャーレンブレンドの街から離れたところに、こんな大きな森があったなんて知らなかった。
森の入り口付近には先に到着していた団長さんが待っていた。愛馬の黒い背を撫でる手つきは優しい。表情の強ばりが無くなって、やわらかい感じなのも意外だった。
馬が相手ならこういう顔もできるのだなと、ちょっと感心する。案外、団長さんは動物好きだったりするのかもしれない。わたしたちに気づいた団長さんは、不機嫌な顔にわざわざ戻して白馬に近寄ってくる。
馬の横まで来て足を止めた。何か言うかと思ったら、口を閉ざしたまま、さっと目の前に手を差し出してきた。会ったときには人を荷物のように扱っていたのに、どういう心境だろう。もしかして、ジルさんに叱られたからだったりして。
戸惑いながらも、大きな手のひらの上に自分の手を重ねる。彼の手を借りて地面に足を下ろした。この先に何があるのか知らない。ジルさんにたずねてみると、「森の奥に湖があるのよ」と答えてくれた。
「湖?」
「すごく綺麗なの」
湖を見るのは久しぶりだ。元の世界では旅行なんてほとんどしなかったし、最後に湖を見たのはいつだったか記憶にない。馬に乗った後で足はガクガクだけれど、「すごく綺麗」と言われたら進むしかないだろう。
団長さんは白馬の手綱を太めの幹に結んだあと、「行くぞ」と声をかけた。わたしも足を進めようとした。だけど、ジルさんはその場で足を止めてしまう。
「ジルさん?」
「少し疲れたわ。とても歩けそうにないの」
ジルさんは取り出したハンカチで額の汗を拭う。よっぽど疲れたのだろうと想像がつく。ジルさんが行かないのなら、わたしもその場にとどまろうと思った。それなのに、
「マキさんとジェラールは行って」
「えっ? でも、ひとりにするわけには」
「わたしは大丈夫。少し休んだら追いかけるし、道もわかっているから」
ジルさんは切り株に腰を落ち着かせて、にこっと微笑んだ。それでもいいのかなと悩んでいたら、団長さんが「わかった、行くぞ」と強引に腕を取ってきた。
何か、心がすっきりしない。それでも、ジルさんまでが「さあ、行って」と促してくるから、とどまるのはやめるしかない。
――団長さんとふたりきりってどうなんだろう? そもそもジルさんと出かけるはずじゃ。疑問に襲われつつも、わたしは団長さんとともに森に足を踏み入れることにした。