槍とカチューシャ(51~100)
第53話『なぜだ?』
「嫌です」
団長さんがすごい顔でにらんできても、こればかりは譲れない。
「だって、団長さんみたいな名の知れた騎士が隣にいたら目立つじゃないですか」
思えば、はじめてシャーレンブレンドに来たときに馬上で浴びた歓声はすごかった。騎士団の人気を肌で感じられたし。そんな英雄的扱いの有名人と出歩くなんて、考えただけでもゾッとする。
「それなら変装をする。俺の変装はお前も見ただろう?」
おそらく団長さんが言いたいのはジャックのときのことだろう。あれが変装と言えるのか疑問だ。顔といい、体格といい、バレバレだ。変装姿で出歩けば、逆に変な噂が流れるかもしれない。団長さんがこそこそと女と出歩いていたなんて、そんな噂は不名誉だろうと思った。思った通り言葉にしていた。
「団長さんがわたし(一応、女)と歩いていて、変な噂になったらどうするんです?」
「好都合だ。噂を本当にするまで」
人の心配をよそに冗談で返されるくらいなら、聞かなければ良かった。でも、よくよく考えてみれば、ジルさんもいるし、この団長さんと変な噂が立つとしたら彼女のほうだろうなと思う。さすがにわたしと団長さんでは無理がある。考えすぎだったかもしれない。
「わかりました。他の人のつきそいを許してくれないなら、団長さんにしておきます」
「そうか」
何だか、眉間のしわも無くなったし、機嫌が良さそうな団長さんだ。
「これで許しをもらえたってことですね」
「ああ」
「行ってもいいんですね?」
「ああ、そうしろ」
団長さんがついてくることにはなったけれど、ジルさんとお出かけできるのは嬉しい。絶対に楽しくなるはずだ。冷めかけたお茶をすすってから、
「あ、そういえば、団長さん、ガルーって知ってます?」
と聞いてみた。団長さんは目を見開いて「なぜ、それを」と返す。この反応を見て、ジルさんの話が嘘ではないことが確認できた。
「もしかして、今も何かに名前をつけて、呼んでるんですか?」
「……呼んでいない」
いや、間があったからきっと嘘だ。呼んでいる、確実に。過去は木の棒だったから、現在は「剣とか槍とか」ではないだろうか。
わかりやすい。「槍とか」と言ったときに、団長さんのがっちりとした肩がびくっと上がった。
「へー、あの槍って名前がついているんですねー」
「だが、子どもの頃のように口に出して呼ぶことはない。心のなかだけだ」
そうだとしても、団長さんは外見が大きくなっても、内面はいまだに幼い頃の心を持っている。そんな心に触れられた気がして、嬉しかった。おかしくて笑っているわたしとは対照的に、団長さんは眉根を寄せる。
「どうして、お前がそんなことを知っている?」
「まあ、いろいろと」
「ジルから聞いたのか」
「まあ、そんな感じです」
他にも団長さんが嫌がりそうなネタは上がっている。ジルさんは嬉々として伝えてくれたから。団長さんは顔をそらして「……くそ」と呟いた。
せっかくのお茶会に沈黙が広がる。
「情けない話を聞かされただろう」
否定しない。確かに情けないかなあと思う話もあったけれど、それは普段の団長さんのギャップを感じられるだけだ。落ちこむことじゃない。
「情けないところもいいんじゃないですか。完璧じゃないほうが親しみもわきますし」
「そうか?」
「そうです。むしろ、団長さんのことが少しわかったので。だから、そんなことで機嫌を悪くしないようにお願いします。せっかくのお茶会なんですから」
「そうだな」
団長さんはようやく機嫌が治った様子でにんまりと笑った。
「嫌です」
団長さんがすごい顔でにらんできても、こればかりは譲れない。
「だって、団長さんみたいな名の知れた騎士が隣にいたら目立つじゃないですか」
思えば、はじめてシャーレンブレンドに来たときに馬上で浴びた歓声はすごかった。騎士団の人気を肌で感じられたし。そんな英雄的扱いの有名人と出歩くなんて、考えただけでもゾッとする。
「それなら変装をする。俺の変装はお前も見ただろう?」
おそらく団長さんが言いたいのはジャックのときのことだろう。あれが変装と言えるのか疑問だ。顔といい、体格といい、バレバレだ。変装姿で出歩けば、逆に変な噂が流れるかもしれない。団長さんがこそこそと女と出歩いていたなんて、そんな噂は不名誉だろうと思った。思った通り言葉にしていた。
「団長さんがわたし(一応、女)と歩いていて、変な噂になったらどうするんです?」
「好都合だ。噂を本当にするまで」
人の心配をよそに冗談で返されるくらいなら、聞かなければ良かった。でも、よくよく考えてみれば、ジルさんもいるし、この団長さんと変な噂が立つとしたら彼女のほうだろうなと思う。さすがにわたしと団長さんでは無理がある。考えすぎだったかもしれない。
「わかりました。他の人のつきそいを許してくれないなら、団長さんにしておきます」
「そうか」
何だか、眉間のしわも無くなったし、機嫌が良さそうな団長さんだ。
「これで許しをもらえたってことですね」
「ああ」
「行ってもいいんですね?」
「ああ、そうしろ」
団長さんがついてくることにはなったけれど、ジルさんとお出かけできるのは嬉しい。絶対に楽しくなるはずだ。冷めかけたお茶をすすってから、
「あ、そういえば、団長さん、ガルーって知ってます?」
と聞いてみた。団長さんは目を見開いて「なぜ、それを」と返す。この反応を見て、ジルさんの話が嘘ではないことが確認できた。
「もしかして、今も何かに名前をつけて、呼んでるんですか?」
「……呼んでいない」
いや、間があったからきっと嘘だ。呼んでいる、確実に。過去は木の棒だったから、現在は「剣とか槍とか」ではないだろうか。
わかりやすい。「槍とか」と言ったときに、団長さんのがっちりとした肩がびくっと上がった。
「へー、あの槍って名前がついているんですねー」
「だが、子どもの頃のように口に出して呼ぶことはない。心のなかだけだ」
そうだとしても、団長さんは外見が大きくなっても、内面はいまだに幼い頃の心を持っている。そんな心に触れられた気がして、嬉しかった。おかしくて笑っているわたしとは対照的に、団長さんは眉根を寄せる。
「どうして、お前がそんなことを知っている?」
「まあ、いろいろと」
「ジルから聞いたのか」
「まあ、そんな感じです」
他にも団長さんが嫌がりそうなネタは上がっている。ジルさんは嬉々として伝えてくれたから。団長さんは顔をそらして「……くそ」と呟いた。
せっかくのお茶会に沈黙が広がる。
「情けない話を聞かされただろう」
否定しない。確かに情けないかなあと思う話もあったけれど、それは普段の団長さんのギャップを感じられるだけだ。落ちこむことじゃない。
「情けないところもいいんじゃないですか。完璧じゃないほうが親しみもわきますし」
「そうか?」
「そうです。むしろ、団長さんのことが少しわかったので。だから、そんなことで機嫌を悪くしないようにお願いします。せっかくのお茶会なんですから」
「そうだな」
団長さんはようやく機嫌が治った様子でにんまりと笑った。