槍とカチューシャ(51~100)
第52話『団長の昔話』
メイドの仕事について聞きたかったのに、気づけば、話題は団長さんの昔話へと移っていた。それをわたしに話してどうするんだという気持ちはあったけれど、聞いてみると思いの外、おもしろかった。
幼い頃の団長さんはさほど体は大きくなかったそうだ。それでも健康体で病を寄せつけない丈夫さは、昔からだったとか。しかも木の棒をぶんぶん振り回すような、やんちゃな男の子だったらしい。お気に入りの木の棒にガルーと名前をつけていて、周りから笑われていた話もしてくれた。
「あの団長さんにも幼い頃があったんですね」
しみじみ呟いたら「それはそうですよ」とジルさんに笑われてしまった。確かに、誰にも幼い頃がある。当たり前だ。ということは、ジルさんにもあったのだろう。
「ジルさんはどんな女の子だったんですか?」
気になってたずねてみたのだけれど、それを受けてジルさんは瞳を丸くさせる。驚かせたのかもしれない。そう思っていたら、瞳は細められて「ふふふ」と口元に微笑を浮かべた。
「わたしもジェラールのように落ち着きのない子どもでした。木登りをしたり、川で泳いだり、屋根に上って星を眺めたり、あまり女の子らしくはなかったですね」
「想像できないです」
今のジルさんからやんちゃな女の子は想像できない。もっと、慎ましく礼儀正しいお嬢様のような女の子なら想像できるけれど。
「そうですか? この歳になっても、たまに馬の背に乗って、野を駆けたくなることがあります」
馬に乗って野原を駆けるジルさんを想像してみると、格好良いかもしれない。
「馬に乗ったジルさん、見てみたいです」
「そんな大したものではありませんよ。それでも見たいとおっしゃるなら、一緒に遠乗りに出かけませんか?」
まさかのお誘いだった。でも、お城から出ることはかなりあこがれる。騎士の馬の上よりかはマシだろう。断る理由が見つからなくて、「はい、もちろんです」と勢いよく答えた。
「嬉しいですわ。しかしながら、あの男が許すかどうか。それが問題です」
「あの男?」
「ジェラールです」
ジェラール――団長さんがなぜ出てくるのか、その時にはわからなかった。でも、後日、お茶会の席で団長さんの許しをもらおうとしたら、「絶対にダメだ」と言われた。
「どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもならんものはならん」
「理由くらい教えてくださいよ」
頭ごなしにダメだ、ならんと言われてもこちらは納得できない。訴えたら、団長さんは眉同士がくっつきそうになるくらい顔をしかめて「ならんからだ」と答えた。
「だから、ならんってどうしてですか? わたし、知ってるんですよ。わたし以外の異世界人はお城の外に出てるって。つきそいがいれば、街に出てもいいはずです」
「誰がそのことをバラした?」
リータだ。お城から出たことがないわたしに向かって、どれだけ街が素晴らしいか、聞かないのに語ってくれた。わたしより年下のリータが街に出られるのに、なぜわたしはダメなのだろう。
「ジルさんも一緒なのにどうしてダメなんですか?」
「あいつは護衛として心もとない。せめて騎士団の騎士が同行しなければ……」
「夏希くんとか」騎士団の騎士なら真っ先に夏希が思い浮かんだ。
「あいつは騎士として独り立ちしていない」
「それなら、アーヴィングさ」
「ダメだ!」
まだ言い切っていないのに。
「じゃあ、誰かいます?」
「……俺だ」
見てみろすごいだろうと言わんばかりに、にやりとする団長さんだけれど、わたしの感情は冷めていた。
メイドの仕事について聞きたかったのに、気づけば、話題は団長さんの昔話へと移っていた。それをわたしに話してどうするんだという気持ちはあったけれど、聞いてみると思いの外、おもしろかった。
幼い頃の団長さんはさほど体は大きくなかったそうだ。それでも健康体で病を寄せつけない丈夫さは、昔からだったとか。しかも木の棒をぶんぶん振り回すような、やんちゃな男の子だったらしい。お気に入りの木の棒にガルーと名前をつけていて、周りから笑われていた話もしてくれた。
「あの団長さんにも幼い頃があったんですね」
しみじみ呟いたら「それはそうですよ」とジルさんに笑われてしまった。確かに、誰にも幼い頃がある。当たり前だ。ということは、ジルさんにもあったのだろう。
「ジルさんはどんな女の子だったんですか?」
気になってたずねてみたのだけれど、それを受けてジルさんは瞳を丸くさせる。驚かせたのかもしれない。そう思っていたら、瞳は細められて「ふふふ」と口元に微笑を浮かべた。
「わたしもジェラールのように落ち着きのない子どもでした。木登りをしたり、川で泳いだり、屋根に上って星を眺めたり、あまり女の子らしくはなかったですね」
「想像できないです」
今のジルさんからやんちゃな女の子は想像できない。もっと、慎ましく礼儀正しいお嬢様のような女の子なら想像できるけれど。
「そうですか? この歳になっても、たまに馬の背に乗って、野を駆けたくなることがあります」
馬に乗って野原を駆けるジルさんを想像してみると、格好良いかもしれない。
「馬に乗ったジルさん、見てみたいです」
「そんな大したものではありませんよ。それでも見たいとおっしゃるなら、一緒に遠乗りに出かけませんか?」
まさかのお誘いだった。でも、お城から出ることはかなりあこがれる。騎士の馬の上よりかはマシだろう。断る理由が見つからなくて、「はい、もちろんです」と勢いよく答えた。
「嬉しいですわ。しかしながら、あの男が許すかどうか。それが問題です」
「あの男?」
「ジェラールです」
ジェラール――団長さんがなぜ出てくるのか、その時にはわからなかった。でも、後日、お茶会の席で団長さんの許しをもらおうとしたら、「絶対にダメだ」と言われた。
「どうしてですか?」
「どうしてもこうしてもならんものはならん」
「理由くらい教えてくださいよ」
頭ごなしにダメだ、ならんと言われてもこちらは納得できない。訴えたら、団長さんは眉同士がくっつきそうになるくらい顔をしかめて「ならんからだ」と答えた。
「だから、ならんってどうしてですか? わたし、知ってるんですよ。わたし以外の異世界人はお城の外に出てるって。つきそいがいれば、街に出てもいいはずです」
「誰がそのことをバラした?」
リータだ。お城から出たことがないわたしに向かって、どれだけ街が素晴らしいか、聞かないのに語ってくれた。わたしより年下のリータが街に出られるのに、なぜわたしはダメなのだろう。
「ジルさんも一緒なのにどうしてダメなんですか?」
「あいつは護衛として心もとない。せめて騎士団の騎士が同行しなければ……」
「夏希くんとか」騎士団の騎士なら真っ先に夏希が思い浮かんだ。
「あいつは騎士として独り立ちしていない」
「それなら、アーヴィングさ」
「ダメだ!」
まだ言い切っていないのに。
「じゃあ、誰かいます?」
「……俺だ」
見てみろすごいだろうと言わんばかりに、にやりとする団長さんだけれど、わたしの感情は冷めていた。