槍とカチューシャ(1~50)
第50話『進路相談』
マリー先生の授業(シャーレンブレンドの歴史という難しい授業)を終えてから、借りていた本を先生の机の上に置いた。ちょうど昨夜、3冊を読み終わったのだ。
「これ、お返しします」
「少しは役に立った?」
わたしが借りたのは3冊ともメイドの仕事に関してのものだ。『メイドになるためには』とか、『メイドの心得』とか、『メイドの実情』とか。マリー先生に「メイドって実際、どんな職業ですか?」とたずねたら、すんなり本を貸してもらった。
異世界人がなりたい職業1位はメイドらしい。だから、聞かれたときはこの本を貸すようにしているのだと、マリー先生は教えてくれた。わたしもそのなかのひとりだったわけだ。
メイドについて調べようとしたのは、別に団長さんに言われたから気になったわけではなく、ただ自分の意志だった。こんなわたしでも勤まるかどうか知りたかった。本が役に立ったかどうかはわからない。ただ、メイドという職業は、働く場所で大分お給金に幅が出るということはわかった。
「それがあまりピンと来なくて」
「それは残念。でもまあ、本は文字でしかないからね。本がダメなら、当事者に直接聞けばいいじゃない。この城にはいい使用人がたくさんいるわよ」
そうか。何で思いつかなかったのだろう。お城にはメイドさんがたくさんいる。数多く存在する中でも真っ先に思い浮かんだのはあの人だった。
シャーレンブレンドに来て、一番尊敬できると思った人。わたしが相談すれば、ためになる答えをくれそうでもある。
「マリー先生、ちょっと思いつきました。ありがとうございます」
「いいえ。気づいてくれて良かったわ」
その人物は思った通り、メイドさんたちの集まる部屋で部下に指導していた。基本的な所作や言動、様々なことがらをチェックしているらしく、事細かくその辺りを指摘する。やっぱり、メイドさんたちをまとめるリーダーとして、厳しい目を持っているのだろう。
うなだれた部下に対して、冷静に何がダメであるか、どうすれば改善できるかを述べていく。耳で聞いているだけでもわかりやすく、すんなりとうなずいてしまいそうになる。すごい説得力だ。
うんうんとうなずいていると、いつの間にか説教が終わったらしく、ジルさんのほうから声をかけられた。すみっこのほうにいたのに気づいてくれたらしい。
「どうされましたか?」
先程とは違い、やわらかな声で言うものだから、張っていた肩の力が抜ける。この切り替え、やっぱりプロだ。感心しつつ、わたしも冷静になるようにつとめた。
「あの、ジルさん、お暇なときでいいんですけど、話を聞いてもらえませんか?」
メイドの仕事を当事者に聞くなら、真っ先にジルさんが浮かんだ。ジルさんなら的確に教えてくれるような気がする。そんな期待をこめていた。
――でも、忙しいし、ダメかもしれない。メイドってお給金の割には大変そうだし。ジルさんの顔色をうかがうと、彼女は白い歯を見せることなく、口の端を上げて上品にほほえむ。
「仕事が終わり次第、今夜にでもマキ様のお部屋をたずねてよろしいでしょうか?」
「えっ? いいんですか?」
「もちろん」
快い返事をもらってしまって、逆に戸惑うくらいだ。だけど、約束してくれた。これは喜ぶしかない。
「ありがとうございます!」
ジルさんの手を取り上下に振る。子供っぽい振る舞いだったかもしれない。それでも他にこの喜びを表現する方法を知らなかった。
マリー先生の授業(シャーレンブレンドの歴史という難しい授業)を終えてから、借りていた本を先生の机の上に置いた。ちょうど昨夜、3冊を読み終わったのだ。
「これ、お返しします」
「少しは役に立った?」
わたしが借りたのは3冊ともメイドの仕事に関してのものだ。『メイドになるためには』とか、『メイドの心得』とか、『メイドの実情』とか。マリー先生に「メイドって実際、どんな職業ですか?」とたずねたら、すんなり本を貸してもらった。
異世界人がなりたい職業1位はメイドらしい。だから、聞かれたときはこの本を貸すようにしているのだと、マリー先生は教えてくれた。わたしもそのなかのひとりだったわけだ。
メイドについて調べようとしたのは、別に団長さんに言われたから気になったわけではなく、ただ自分の意志だった。こんなわたしでも勤まるかどうか知りたかった。本が役に立ったかどうかはわからない。ただ、メイドという職業は、働く場所で大分お給金に幅が出るということはわかった。
「それがあまりピンと来なくて」
「それは残念。でもまあ、本は文字でしかないからね。本がダメなら、当事者に直接聞けばいいじゃない。この城にはいい使用人がたくさんいるわよ」
そうか。何で思いつかなかったのだろう。お城にはメイドさんがたくさんいる。数多く存在する中でも真っ先に思い浮かんだのはあの人だった。
シャーレンブレンドに来て、一番尊敬できると思った人。わたしが相談すれば、ためになる答えをくれそうでもある。
「マリー先生、ちょっと思いつきました。ありがとうございます」
「いいえ。気づいてくれて良かったわ」
その人物は思った通り、メイドさんたちの集まる部屋で部下に指導していた。基本的な所作や言動、様々なことがらをチェックしているらしく、事細かくその辺りを指摘する。やっぱり、メイドさんたちをまとめるリーダーとして、厳しい目を持っているのだろう。
うなだれた部下に対して、冷静に何がダメであるか、どうすれば改善できるかを述べていく。耳で聞いているだけでもわかりやすく、すんなりとうなずいてしまいそうになる。すごい説得力だ。
うんうんとうなずいていると、いつの間にか説教が終わったらしく、ジルさんのほうから声をかけられた。すみっこのほうにいたのに気づいてくれたらしい。
「どうされましたか?」
先程とは違い、やわらかな声で言うものだから、張っていた肩の力が抜ける。この切り替え、やっぱりプロだ。感心しつつ、わたしも冷静になるようにつとめた。
「あの、ジルさん、お暇なときでいいんですけど、話を聞いてもらえませんか?」
メイドの仕事を当事者に聞くなら、真っ先にジルさんが浮かんだ。ジルさんなら的確に教えてくれるような気がする。そんな期待をこめていた。
――でも、忙しいし、ダメかもしれない。メイドってお給金の割には大変そうだし。ジルさんの顔色をうかがうと、彼女は白い歯を見せることなく、口の端を上げて上品にほほえむ。
「仕事が終わり次第、今夜にでもマキ様のお部屋をたずねてよろしいでしょうか?」
「えっ? いいんですか?」
「もちろん」
快い返事をもらってしまって、逆に戸惑うくらいだ。だけど、約束してくれた。これは喜ぶしかない。
「ありがとうございます!」
ジルさんの手を取り上下に振る。子供っぽい振る舞いだったかもしれない。それでも他にこの喜びを表現する方法を知らなかった。