槍とカチューシャ(1~50)
第49話『手紙が届かない』
ここは書庫の窓際にあるテーブル。日差しがたっぷり差しこんでくる席で、マリー先生に借りた本を読み解いていた。言葉には不自由しなくなったものの、文字の読み書きはまだまだへたくそだ。文字は書いて慣れるしかない。羽ペンをインクに浸していたら、
「マキさん、話を聞いてくださいよ」
と、情けない声が降ってきた。言葉を返す前に、夏希はわたしの正面に回りこんできた。思いの外、椅子の軋む音が大きかった。テーブルの上に乗る腕。粗末な丸椅子では窮屈そうだ。
1年が経って、夏希の体は団長さんの筋肉に近づいている。わたしとすれば細身のほうがいいんだけれど、夏希はもっと筋肉が欲しいのだとか。
長めだったさらさらヘアーもずいぶん短めになってしまった。日が当たると輝く金髪も近いうちに団長さんのような黒髪にしそうで嫌だ。可愛らしさが失われていくのは、わたしには不満である。そんな気持ちもあって、ちょっとだけにらみつけてしまった。
「今日は何、夏希くん?」
聞いてはみたものの、大体、何の用かはわかっていた。手ぶらで団長さんからの用事を受けたわけでもなく、わたしに近づいてくるのは、きっとあれのせいだ。先日、夏希にうっかりフィナの手紙の話をしたら、あからさまに落ちこまれてしまった。そのため、毎日愚痴を聞かされている。
「フィナちゃんに手紙を出しているのですが、返信がいまだに来ません」
こちらの世界は元の世界のようにデジタルの発展はしていない。だから、メールといった類いはないし、即返信が来ることもない。そういう意味なら結構、不便かもしれない。
「仕方ないでしょ。こちらの世界はそんなに発展していないんだから。手紙は馬車とか騎士さんが届けているんでしょ」
「それでも、です。もう1ヶ月にもなるのに手紙をくれないなんて」
頭まで抱えて、なかなか立ち上がるのは難しそうだ。夏希にとってフィナは大事な人だし、恋しく思うのも理解できる。手紙が届かないだけで1日中落ちこんでいられる。それほどフィナが好きなのだ。夏希が可愛そうで、仕方なく羽ペンをインク瓶に立てる。
「夏希くんはどうだったの? 兵士成り立てのとき、大変じゃなかった?」
「それはもう、寝る間もなく、騎士の試験に受かるまでは大変でした。今のフィナちゃんもきっと、他のことに目を向けられないですよね。だから、僕も余計なことを言いたくありませんでした。でも……欲しいです。ひとことでもいいんです」
ぐちぐちと男らしくない夏希だけれど、気持ちはわかる。
「僕のことなんて忘れちゃったんですかね」
目を潤ませる夏希をどうにかフォローしようと、あの手紙の内容を思い出した。
「いや、忘れていないでしょ。わたしの手紙には『ナツによろしく』って書かれていたし」
「えっ?」
なぜか、青い瞳を丸くさせる夏希にこちらが驚いてしまう。わたし、変なことを言っただろうか?
「僕に『よろしく』って?」
「うん」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「言わなかったっけ?」
確かに手紙は来たと報告したものの、『よろしく』までは伝えなかったかもしれない。一応、「ごめん」と謝った。けれど、沈黙した夏希はうつむいて、テーブルの上の拳を強く震わせる。いくら温厚な夏希でも、フィナが関わっていれば怒るかもしれない。夏希は勢いよく顔を上げた。
「そうですか、良かった」
怒られると思っていたら、まるで違った。やわらかい声と優しい表情だった。たった『よろしく』だけで、嬉しくなったのだろう。
体つきはどんどん男らしくなる夏希だけれど、内面の真っ直ぐで可愛らしいところはそのまま残っている。わたしも嬉しくなって「良かったね」と返した。夏希は「はい」と白い歯を見せて、満面にほほえんだ。
数日後、フィナからの手紙が夏希宛てに届いたらしい。嬉しさあまったらしく、えんえんとノロケられてしまった。
ここは書庫の窓際にあるテーブル。日差しがたっぷり差しこんでくる席で、マリー先生に借りた本を読み解いていた。言葉には不自由しなくなったものの、文字の読み書きはまだまだへたくそだ。文字は書いて慣れるしかない。羽ペンをインクに浸していたら、
「マキさん、話を聞いてくださいよ」
と、情けない声が降ってきた。言葉を返す前に、夏希はわたしの正面に回りこんできた。思いの外、椅子の軋む音が大きかった。テーブルの上に乗る腕。粗末な丸椅子では窮屈そうだ。
1年が経って、夏希の体は団長さんの筋肉に近づいている。わたしとすれば細身のほうがいいんだけれど、夏希はもっと筋肉が欲しいのだとか。
長めだったさらさらヘアーもずいぶん短めになってしまった。日が当たると輝く金髪も近いうちに団長さんのような黒髪にしそうで嫌だ。可愛らしさが失われていくのは、わたしには不満である。そんな気持ちもあって、ちょっとだけにらみつけてしまった。
「今日は何、夏希くん?」
聞いてはみたものの、大体、何の用かはわかっていた。手ぶらで団長さんからの用事を受けたわけでもなく、わたしに近づいてくるのは、きっとあれのせいだ。先日、夏希にうっかりフィナの手紙の話をしたら、あからさまに落ちこまれてしまった。そのため、毎日愚痴を聞かされている。
「フィナちゃんに手紙を出しているのですが、返信がいまだに来ません」
こちらの世界は元の世界のようにデジタルの発展はしていない。だから、メールといった類いはないし、即返信が来ることもない。そういう意味なら結構、不便かもしれない。
「仕方ないでしょ。こちらの世界はそんなに発展していないんだから。手紙は馬車とか騎士さんが届けているんでしょ」
「それでも、です。もう1ヶ月にもなるのに手紙をくれないなんて」
頭まで抱えて、なかなか立ち上がるのは難しそうだ。夏希にとってフィナは大事な人だし、恋しく思うのも理解できる。手紙が届かないだけで1日中落ちこんでいられる。それほどフィナが好きなのだ。夏希が可愛そうで、仕方なく羽ペンをインク瓶に立てる。
「夏希くんはどうだったの? 兵士成り立てのとき、大変じゃなかった?」
「それはもう、寝る間もなく、騎士の試験に受かるまでは大変でした。今のフィナちゃんもきっと、他のことに目を向けられないですよね。だから、僕も余計なことを言いたくありませんでした。でも……欲しいです。ひとことでもいいんです」
ぐちぐちと男らしくない夏希だけれど、気持ちはわかる。
「僕のことなんて忘れちゃったんですかね」
目を潤ませる夏希をどうにかフォローしようと、あの手紙の内容を思い出した。
「いや、忘れていないでしょ。わたしの手紙には『ナツによろしく』って書かれていたし」
「えっ?」
なぜか、青い瞳を丸くさせる夏希にこちらが驚いてしまう。わたし、変なことを言っただろうか?
「僕に『よろしく』って?」
「うん」
「どうして言ってくれなかったんですか?」
「言わなかったっけ?」
確かに手紙は来たと報告したものの、『よろしく』までは伝えなかったかもしれない。一応、「ごめん」と謝った。けれど、沈黙した夏希はうつむいて、テーブルの上の拳を強く震わせる。いくら温厚な夏希でも、フィナが関わっていれば怒るかもしれない。夏希は勢いよく顔を上げた。
「そうですか、良かった」
怒られると思っていたら、まるで違った。やわらかい声と優しい表情だった。たった『よろしく』だけで、嬉しくなったのだろう。
体つきはどんどん男らしくなる夏希だけれど、内面の真っ直ぐで可愛らしいところはそのまま残っている。わたしも嬉しくなって「良かったね」と返した。夏希は「はい」と白い歯を見せて、満面にほほえんだ。
数日後、フィナからの手紙が夏希宛てに届いたらしい。嬉しさあまったらしく、えんえんとノロケられてしまった。