槍とカチューシャ(1~50)
第48話『団長の提案』
「何言ってるんですか?」
これがまともな反応だと思う。
「シャーレンブレンドに俺の家がある。お前が良ければ、いつでも住まわしてやれる。それとも、妻になるか? そうすれば、城を出ても困らないだろう」
団長さんは人の真剣な悩みも真面目に聞いてくれずに、冗談で返すことにしたらしい。冗談だとしても笑えない。にやけた横顔に怒りがふつふつと沸いてくる。
「バカにしないでください。団長さんの妻になることは絶対にありません。それにわたしにだって、お城を出てやりたいことの1つや2つ……」
言ってみてから気づいた。そんなもの、わたしにはなかった。フィナみたいに突っ走れるものなんて、1つも持っていない。宣言してから自分のバカさ加減に泣きたくなった。
何も言えなくなったわたしに対して、「本当はないのか?」と団長さんにも悟られてしまう始末だ。
「悪いですか? わたしにはありませんよ」
「そうか。お前ならよく人の世話を焼くから、その辺りの仕事が合いそうな気がするが」
ちらっと脳裏を過ぎていったのは、主人に仕えるメイドさんの姿だった。
お城のメイドさん――特にジルさんは食器棚の鍵を持ち、騎士団にも意見できる格好いい人だった。姿勢よく静かに、かつ迅速に動く優雅な姿はうらやましい。わたしもやってみたいと思った。
それでも、大雑把なわたしなんかに勤まるかどうかはまた、別の話だ。うなるぐらい考えていたら、気の抜けるような「ふっ」という笑い声が聞こえてきた。
「何ですか?」
強い声になってしまう。こちらは真剣に考えているのに、笑いやがったからだ。
「まあ、よく考えろ。お前が答えを出すまでこの件は保留にしておいてやる」
「いや、白紙でも」
「白紙にはしない。保留だ」
「そうですか」
「まあ、俺の我慢が続くまでだが……」
何か、不吉な言葉を聞いた気がするけれど、単なる聞き間違いだろう。そうしておいたほうがわたしの身を守れる気がする。だから、深くは追求しなかった。
フィナから手紙が届いたのは、それから1週間後のことだった。ジルさんがわたしを探して、直接、手紙を渡してくれた。
「早くお読みになりたいかと思いまして」
「ありがとうございます」
ジルさんから手紙を受け取ると、ゆっくり歩いてなんていられなかった。部屋に戻って早々、ふうとうを裏返しにしてみると、騎士団の紋章の判子が押されていた。ふうとうを開いて便せんを取り出す。
便せんには向こうに無事着いたこと、訓練や見習いとしての仕事で毎日を忙しくしていること。でも、元気にしているから心配しないでね、とつづられていた。
フィナは元気そうだ。女騎士を目指す友達もできたようで、心配しなくてもいいのかもしれない。
夏希にも伝えてあげたら喜ぶだろう。できれば、本人に手紙が届けばいいと思うけれど、このびんせんには「ナツによろしく」と書かれているから、夏希には出していないのだろう。フィナらしい。
手紙は嬉しかった。それと同時に、わたしも負けてはいられないと思う。いずれはフィナのようにこのお城を出ていく。それがいつになるかはまだわからないけれど、きっと遠くない気がした。
「何言ってるんですか?」
これがまともな反応だと思う。
「シャーレンブレンドに俺の家がある。お前が良ければ、いつでも住まわしてやれる。それとも、妻になるか? そうすれば、城を出ても困らないだろう」
団長さんは人の真剣な悩みも真面目に聞いてくれずに、冗談で返すことにしたらしい。冗談だとしても笑えない。にやけた横顔に怒りがふつふつと沸いてくる。
「バカにしないでください。団長さんの妻になることは絶対にありません。それにわたしにだって、お城を出てやりたいことの1つや2つ……」
言ってみてから気づいた。そんなもの、わたしにはなかった。フィナみたいに突っ走れるものなんて、1つも持っていない。宣言してから自分のバカさ加減に泣きたくなった。
何も言えなくなったわたしに対して、「本当はないのか?」と団長さんにも悟られてしまう始末だ。
「悪いですか? わたしにはありませんよ」
「そうか。お前ならよく人の世話を焼くから、その辺りの仕事が合いそうな気がするが」
ちらっと脳裏を過ぎていったのは、主人に仕えるメイドさんの姿だった。
お城のメイドさん――特にジルさんは食器棚の鍵を持ち、騎士団にも意見できる格好いい人だった。姿勢よく静かに、かつ迅速に動く優雅な姿はうらやましい。わたしもやってみたいと思った。
それでも、大雑把なわたしなんかに勤まるかどうかはまた、別の話だ。うなるぐらい考えていたら、気の抜けるような「ふっ」という笑い声が聞こえてきた。
「何ですか?」
強い声になってしまう。こちらは真剣に考えているのに、笑いやがったからだ。
「まあ、よく考えろ。お前が答えを出すまでこの件は保留にしておいてやる」
「いや、白紙でも」
「白紙にはしない。保留だ」
「そうですか」
「まあ、俺の我慢が続くまでだが……」
何か、不吉な言葉を聞いた気がするけれど、単なる聞き間違いだろう。そうしておいたほうがわたしの身を守れる気がする。だから、深くは追求しなかった。
フィナから手紙が届いたのは、それから1週間後のことだった。ジルさんがわたしを探して、直接、手紙を渡してくれた。
「早くお読みになりたいかと思いまして」
「ありがとうございます」
ジルさんから手紙を受け取ると、ゆっくり歩いてなんていられなかった。部屋に戻って早々、ふうとうを裏返しにしてみると、騎士団の紋章の判子が押されていた。ふうとうを開いて便せんを取り出す。
便せんには向こうに無事着いたこと、訓練や見習いとしての仕事で毎日を忙しくしていること。でも、元気にしているから心配しないでね、とつづられていた。
フィナは元気そうだ。女騎士を目指す友達もできたようで、心配しなくてもいいのかもしれない。
夏希にも伝えてあげたら喜ぶだろう。できれば、本人に手紙が届けばいいと思うけれど、このびんせんには「ナツによろしく」と書かれているから、夏希には出していないのだろう。フィナらしい。
手紙は嬉しかった。それと同時に、わたしも負けてはいられないと思う。いずれはフィナのようにこのお城を出ていく。それがいつになるかはまだわからないけれど、きっと遠くない気がした。