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槍とカチューシャ(1~50)

第46話『繋ぎたいだけ』

 部屋を出て、ひかれたじゅうたんの上を足早に移動しぎながら、疑問に思う。

「そもそも何で、手を掴むんですか? わたし、はぐれたりしませんよ?」

 通路は迷子になりそうなほど入り組んでいないし、よくひとりで中庭まで行っている。子供でもないし。だから、わざわざ手首を掴んで引っ張ってくれなくても大丈夫だ。

 他の人に見られたら恥ずかしいし、団長さんだって異世界人を引きずっていく場面を見られたら、不名誉だろう。

 わたしの指摘を受けてか、団長さんは足を止めて明らかに肩を落とした。

「アイミ、お前は相変わらず俺の気持ちがわからんようだな」

 呆れたように言われても、団長さんの気持ちなんてわからない。先程みたいに保護者のようになって心配したり、セクハラ親父になってみたり、「妻になれ」と迫ってきたりする。どちらが本当の団長さんなのか、知りようがない。

「団長さんのことなんてわかりません」

 ふてくされて顔をそらすと、「そうか」と呟く声が聞こえた。

「え?」

 手首から大きな手が離れて、わたしの腕が力なく足の横に降り落ちる。なぜだろう。ぬくもりが手首からなくなって、冷たく感じる。解放されることを望んでいたのに、いざ手を離されると淋しいと思う。そんな自分が信じられない。

 立ち止まっていた団長さんの足が動き出す。あと数歩見送れば、手が届かなくなるくらいに遠ざかってしまうだろう。わたしを置き去りにして振り返りもしないのだろう。

 それが嫌で、わたしは足早に団長さんの手を掴んだ。考えなしだった。

 「な、何だ」と足を急に止め、混乱しているような団長さん。固く拳を作る手の上から触れると、彼の肩がぴくっと動く。彼が何かを言う前に「別に手を繋ぎたいだけです」と告げた。他に意味はない。ただ、繋ぎたいだけだ。

「そうか……」

 もしかして、また呆れてしまったのか。かなり恥ずかしいことをしているんじゃない? そう思ったら手を離したくなった。

 だけど手を離す前に、彼は拳を開いて、わたしと手を繋ぎ直してくれた。団長さんの顔を見つめていたら、「何だ?」とぶっきらぼうに聞いてくれる。

「別に何でも」

 これで遠ざかる背中を見送る必要もない。並んで歩けることに落ち着く。何より手に感じるあたたかさが、嬉しいような気がしないでもなかった。
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Clap