槍とカチューシャ(1~50)
第45話『団長の寝顔』
団長さんの横顔を見る限り、本当に気持ち良さそうに眠っているな~と思う。
これまで過ごしたなかで、団長さんが眠っている姿を目にしたことはなかった。目を伏せている場面はよく出くわすけれど、こんなゆるんだ口元を見たのははじめてだ。
眉間に刻まれた深いしわが解けていて、いつもより若く見える。鋭くにらみつけてくる緑色の瞳は、そらせないから苦手だったりする。でも、今は固く閉ざされているから緊張する心配はない。
わたしがかなり近い位置で顔をのぞきこんでみても、団長さんが起きる気配はなかった。自室とはいえ、こんな無防備な姿をさらしていて大丈夫だろうか。もしわたしが凶悪な暗殺者だったら、団長さんは死んでしまっているかもしれない。
こんな侵入者(つまり、わたし)にも気づかないほどに疲れているのか。訓練がないときは事務仕事をしているというし、団長さんには休日がないのかもしれない。それは何でも働きすぎだろう。
「お疲れ様」
ちょっと固めの黒髪を子どもにするように撫でる。団長さんは身長が高いから、こうでもないと頭を撫でたりできない。人の頭を撫でるなんてめったにしないけれど、母親にでもなったみたいな気分だ。ということは、わたしがお母さんで団長さんが息子。想像したら、
――団長さんみたいな息子はごめんかも。可愛くない。
団長さんの顔をずっと眺めていたら、わたしにも心地よい眠気がやってきた。あくびが出て、思わず口元を押さえる。まさかこんなときに眠気に襲われるなんて。
眠い。眠すぎる。気を紛らわそうと、団長室の周りを探ってみた。眠気を冷ますには良かった。
「うわー、騎士っぽい」
団長室には甲冑が飾られている。銀色でよく研かれていて、傷がまだ1つもない。戦いのときに活躍するのだろう。部屋のすみには槍が何本か立てかけられていた。
わたしの身長よりも長い槍だけれど、団長さんなら軽々と持ち上がるのだろう。ちょっと怖いけれど、槍を掴んで横に振ってみたい。好奇心がわいてきて、槍に触れようと手を伸ばした。
「やめろ」と低い声が耳をかすめる。
いつの間に背後に立っていたのか、気づかなかった。先程まで無防備に寝ていた人とは思えないほどの素早い動きだ。
「いつ起きたんですか?」
「……今だ」
答えに間を開けるのは嘘っぽい。
「嘘ですね。起きていたんでしょう?」
「いや、お前が間抜けにも『騎士っぽい』などと言ったときに起きた」
「間抜けとか、本当にいらない一言を足しますね、団長さんって」
その点に関してはまるで1年前と変わっていない。しかも、「触るな」と忠告するだけでいいのに、わたしの両肩には大きな手が置かれていた。
「手をどかしてください」
「あ、ああ」肩から手が滑り落ちた。
「起きたのなら、お茶行きますか?」
今日は紅茶のようなおしゃれなお茶会ではなく、中庭で隣合って冷たいものでも飲みたい。
「ああ、そうするか」
団長さんはわたしの手首を掴んだ。
団長さんの横顔を見る限り、本当に気持ち良さそうに眠っているな~と思う。
これまで過ごしたなかで、団長さんが眠っている姿を目にしたことはなかった。目を伏せている場面はよく出くわすけれど、こんなゆるんだ口元を見たのははじめてだ。
眉間に刻まれた深いしわが解けていて、いつもより若く見える。鋭くにらみつけてくる緑色の瞳は、そらせないから苦手だったりする。でも、今は固く閉ざされているから緊張する心配はない。
わたしがかなり近い位置で顔をのぞきこんでみても、団長さんが起きる気配はなかった。自室とはいえ、こんな無防備な姿をさらしていて大丈夫だろうか。もしわたしが凶悪な暗殺者だったら、団長さんは死んでしまっているかもしれない。
こんな侵入者(つまり、わたし)にも気づかないほどに疲れているのか。訓練がないときは事務仕事をしているというし、団長さんには休日がないのかもしれない。それは何でも働きすぎだろう。
「お疲れ様」
ちょっと固めの黒髪を子どもにするように撫でる。団長さんは身長が高いから、こうでもないと頭を撫でたりできない。人の頭を撫でるなんてめったにしないけれど、母親にでもなったみたいな気分だ。ということは、わたしがお母さんで団長さんが息子。想像したら、
――団長さんみたいな息子はごめんかも。可愛くない。
団長さんの顔をずっと眺めていたら、わたしにも心地よい眠気がやってきた。あくびが出て、思わず口元を押さえる。まさかこんなときに眠気に襲われるなんて。
眠い。眠すぎる。気を紛らわそうと、団長室の周りを探ってみた。眠気を冷ますには良かった。
「うわー、騎士っぽい」
団長室には甲冑が飾られている。銀色でよく研かれていて、傷がまだ1つもない。戦いのときに活躍するのだろう。部屋のすみには槍が何本か立てかけられていた。
わたしの身長よりも長い槍だけれど、団長さんなら軽々と持ち上がるのだろう。ちょっと怖いけれど、槍を掴んで横に振ってみたい。好奇心がわいてきて、槍に触れようと手を伸ばした。
「やめろ」と低い声が耳をかすめる。
いつの間に背後に立っていたのか、気づかなかった。先程まで無防備に寝ていた人とは思えないほどの素早い動きだ。
「いつ起きたんですか?」
「……今だ」
答えに間を開けるのは嘘っぽい。
「嘘ですね。起きていたんでしょう?」
「いや、お前が間抜けにも『騎士っぽい』などと言ったときに起きた」
「間抜けとか、本当にいらない一言を足しますね、団長さんって」
その点に関してはまるで1年前と変わっていない。しかも、「触るな」と忠告するだけでいいのに、わたしの両肩には大きな手が置かれていた。
「手をどかしてください」
「あ、ああ」肩から手が滑り落ちた。
「起きたのなら、お茶行きますか?」
今日は紅茶のようなおしゃれなお茶会ではなく、中庭で隣合って冷たいものでも飲みたい。
「ああ、そうするか」
団長さんはわたしの手首を掴んだ。