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槍とカチューシャ(1~50)

第42話『あれから1年』

「あれから1年ですか」

 夏希が中庭のベンチに座りながらしみじみ呟いた。わたしもその隣でクッキーを頬張りながら、「ん」と相づちを打った。

 今日の贈り物は、やわらかいクリーム色の布に包まれたレモン風味のクッキーだった。団長さんは1年間、欠かさずに贈り物をくれた。そのおわびといっては何だけれど、定期的にお茶もしていた。

 授業後は小腹が空いてきたので、夏希の話を聞きながらクッキーを食べる。あからさまな長いため息を吐いたりして、愚痴を聞いてほしいときの仕草だ。わたしはクッキーを飲み下してから、「どうしたの?」とたずねてあげた。

「フィナちゃん、いってしまいますね」

「そうだね」

 騎士を目指すフィナは、3日後にはお城を出ていくことになっていた。どうやら、お城から離れた山には兵士を養成する場所があるらしく、そこへ移ることになっていた。

「しばらくは会えないですね」

「うん。でも、手紙は書けるんでしょ?」

「それでも、会えないんですよ。さびしくなります」

 わたしだってフィナと会えなくなるのはさびしい。あの寝相の悪いフィナの布団を直すのはわたしの仕事だったのだ。世話を焼く相手がいなくなってしまう。あの屈託のない笑顔だって、しばらくは見られないのはつらい。夏希とわたしはほぼ同時にため息を吐いた。

「だけど、フィナが騎士になりたいって思っている以上、お互い耐えなきゃね」

「はい……」

「女騎士フィナか……」

 きらきらした青い瞳のなかには眩しいくらいの希望があった。うらやましかった。比べるなんてかなりおこがましいけれど、わたしには夢や目標なんて1つも見つかっていない。シャーレンブレンドに来ても、やりたいことなんてないのだ。

 まただ。自分に呆れてしまう。フィナが夢に向かってがんばるところなのに、わたしは自分のことばかり考えている。そんな自分がますます嫌になる。

「マキさん?」

「何でもないよ。さあ、帰ろう。あまり遅くなると団長さんに叱られるんでしょ?」

 団長さんは時間にうるさいらしい。少しでも夏希が報告に戻るのが遅れるとお説教があるそうなのだ。

「そうですが……」

「フィナなら大丈夫」

「マキさん」

「か弱そうに見えて、結構しっかりしてるんだから」

 ――そうだ、フィナなら大丈夫。わたしは無理やり気合いを入れてベンチから立ち上がる。夏希は「そうですね」と強くうなずいて、腰を上げた。

「まあ、でも、フィナには好きって気持ちは伝えたら?」

「いえ、彼女ががんばろうって時に、余計なことを考えさせたくはないので、次の機会に言います」

 夏希の表情はとても男らしくて、めずらしく頼もしかった。

「そっか、それがいいかもね」

「はい」

 夏希と別れて、今日も部屋に帰る。きっと、フィナはいつものように優しく微笑んで、わたしを迎えてくれるだろう。それもあと3日だ。今はそんな時間を大切にしたかった。
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