槍とカチューシャ(1~50)
第41話『わからない言葉』
わたしはぬるくなった紅茶を一口すすった。世間話も底を尽いてしまい、部屋のなかにはゆっくりと静かな時間が流れている。
団長さんは自分の席に戻って、まっすぐな瞳をわたしに向けていた。時折、ぐっと眉根に力を入れたりして何だろう。話しかけられそうな空気を感じてカップを降ろし、団長さんの瞳を見つめ返した。その空気は当たった。
「だが、お前の言葉にはたまに理解できないものもある」
「そうですか?」
「今、その言葉の意味をたずねてもいいか?」
「いいですよ、どうぞ」
「では、遠慮なく聞こう」
本題に入るまでの前置きが長い。まるでお茶会で扱うような話題ではなさそうで、真面目な会談のような緊張感が漂ってくる。わたしは話を聞こうと、カップから手を離し、膝のスカートの上に置いた。
「“セクハラオヤジ”とは何だ?」
「え? それ?」
心の声が表に出ていたらしい。よりによって聞きたいことが「セクハラオヤジ」だなんて信じられない。しかも、真剣な感じで聞かれてしまうと、素直に答えづらい。間違っても、人の腰を触ったりする「あなたのような人です」とは言えない。話をそらさなければまずいと思う。
「わたし、そんなことを言いました?」
「まあいい。後でナツに聞くか」
「いや、それはちょっと」
夏希に聞かれたらバレてしまう。
「ふっ、冗談だ。お前の言いにくそうな顔を見れば、大方予想がつく。良い意味ではないのだろう?」
団長さんが笑い声をもらすなんて、かなり貴重な瞬間かもしれない。冗談で片づけてもらえたのは良かったけれど、申し訳ない気持ちがわいてきた。
「すみません」
「悪いと思うか?」
「ええ、思います」
「それなら、また……」
言いかけた団長さんは視線を落とし、テーブルの上で組んだ自分の指を見る。せわしなく動く指にわたしも注目していると、また「アイミ」と呼ばれた。顔を上げる。
「はい?」
嫌な予感がする。また、「セクハラオヤジ」のような発言をするのだろうか。聞きたくないなーと思っていると、団長さんは勢いよく顔を上げた。
「茶につき合ってくれるか?」
「お茶、ですか?」
もっと、無理な要求を突きつけられると思っていたから、拍子抜けしてしまう。まさか、お茶なんて思わなかった。そんなんでいいのか。何にも答えないでいたら、団長さんは顎を下ろしてテーブルを見つめた。
「駄目か。それもそうだな、お前は俺を嫌っているし」
「まだ、何も言ってませんよ」
「しかし」
「いいですよ」
今度は団長室ではなく、中庭のベンチでお茶したい。外の空気を吸いながらお茶なんて素敵だと思う。わたしの答えを受けて、団長さんは顔を上げていた。笑みを浮かべたりして、どうやら嬉しいらしい。
「そうか……それなら」
団長さんが何か言おうとしたとき、ドアをノックする音が鳴る。すぐに音が止んで、団長さんの返事を待たずに部屋に入ってきたのは、アーヴィングさんだった。
「やあ、マキ。今日も可愛いね」
この寒いセリフもアーヴィングさんだから、許される気がする。可愛いなんて絶対に社交辞令だろうけれど、嬉しくて頬がゆるみそうになりながら、「どうも、アーヴィングさん」と頭を下げた。
そんなやりとりを見届けていただろう団長さんが、「アーヴィング!」と怒鳴りつける。にらみつけられてもアーヴィングさんは気にした感じもなく、彼に近づく。そして、そっと団長さんに耳打ちした。
「アイミ、すまんが、訓練に戻らなくてはならなくなった」
どうも訓練を抜け出したことは団長さんだとしてもまずいらしい。誰も止めなかったから良かったのかと思ったけれど、やっぱりダメなのか。
わたしとすれば、別に良かった。「いえ、大丈夫です」と答えれば、団長さんは肩の力を抜いて「すまん」ともう一度、謝った。立ち上がってアーヴィングさんとともに部屋を去ろうとする。
「いってらっしゃい」
わたしがそう言うと、団長さんがこちらを振り返った。驚いたように目を丸めているから、何かおかしかったのかなと不安になる。
「あの」とわたしが話を振ると、ようやく団長さんの瞳は普通の大きさに戻った。
「……ああ、いってくる」
団長さんはそう呟いて部屋を退出した。
わたしはぬるくなった紅茶を一口すすった。世間話も底を尽いてしまい、部屋のなかにはゆっくりと静かな時間が流れている。
団長さんは自分の席に戻って、まっすぐな瞳をわたしに向けていた。時折、ぐっと眉根に力を入れたりして何だろう。話しかけられそうな空気を感じてカップを降ろし、団長さんの瞳を見つめ返した。その空気は当たった。
「だが、お前の言葉にはたまに理解できないものもある」
「そうですか?」
「今、その言葉の意味をたずねてもいいか?」
「いいですよ、どうぞ」
「では、遠慮なく聞こう」
本題に入るまでの前置きが長い。まるでお茶会で扱うような話題ではなさそうで、真面目な会談のような緊張感が漂ってくる。わたしは話を聞こうと、カップから手を離し、膝のスカートの上に置いた。
「“セクハラオヤジ”とは何だ?」
「え? それ?」
心の声が表に出ていたらしい。よりによって聞きたいことが「セクハラオヤジ」だなんて信じられない。しかも、真剣な感じで聞かれてしまうと、素直に答えづらい。間違っても、人の腰を触ったりする「あなたのような人です」とは言えない。話をそらさなければまずいと思う。
「わたし、そんなことを言いました?」
「まあいい。後でナツに聞くか」
「いや、それはちょっと」
夏希に聞かれたらバレてしまう。
「ふっ、冗談だ。お前の言いにくそうな顔を見れば、大方予想がつく。良い意味ではないのだろう?」
団長さんが笑い声をもらすなんて、かなり貴重な瞬間かもしれない。冗談で片づけてもらえたのは良かったけれど、申し訳ない気持ちがわいてきた。
「すみません」
「悪いと思うか?」
「ええ、思います」
「それなら、また……」
言いかけた団長さんは視線を落とし、テーブルの上で組んだ自分の指を見る。せわしなく動く指にわたしも注目していると、また「アイミ」と呼ばれた。顔を上げる。
「はい?」
嫌な予感がする。また、「セクハラオヤジ」のような発言をするのだろうか。聞きたくないなーと思っていると、団長さんは勢いよく顔を上げた。
「茶につき合ってくれるか?」
「お茶、ですか?」
もっと、無理な要求を突きつけられると思っていたから、拍子抜けしてしまう。まさか、お茶なんて思わなかった。そんなんでいいのか。何にも答えないでいたら、団長さんは顎を下ろしてテーブルを見つめた。
「駄目か。それもそうだな、お前は俺を嫌っているし」
「まだ、何も言ってませんよ」
「しかし」
「いいですよ」
今度は団長室ではなく、中庭のベンチでお茶したい。外の空気を吸いながらお茶なんて素敵だと思う。わたしの答えを受けて、団長さんは顔を上げていた。笑みを浮かべたりして、どうやら嬉しいらしい。
「そうか……それなら」
団長さんが何か言おうとしたとき、ドアをノックする音が鳴る。すぐに音が止んで、団長さんの返事を待たずに部屋に入ってきたのは、アーヴィングさんだった。
「やあ、マキ。今日も可愛いね」
この寒いセリフもアーヴィングさんだから、許される気がする。可愛いなんて絶対に社交辞令だろうけれど、嬉しくて頬がゆるみそうになりながら、「どうも、アーヴィングさん」と頭を下げた。
そんなやりとりを見届けていただろう団長さんが、「アーヴィング!」と怒鳴りつける。にらみつけられてもアーヴィングさんは気にした感じもなく、彼に近づく。そして、そっと団長さんに耳打ちした。
「アイミ、すまんが、訓練に戻らなくてはならなくなった」
どうも訓練を抜け出したことは団長さんだとしてもまずいらしい。誰も止めなかったから良かったのかと思ったけれど、やっぱりダメなのか。
わたしとすれば、別に良かった。「いえ、大丈夫です」と答えれば、団長さんは肩の力を抜いて「すまん」ともう一度、謝った。立ち上がってアーヴィングさんとともに部屋を去ろうとする。
「いってらっしゃい」
わたしがそう言うと、団長さんがこちらを振り返った。驚いたように目を丸めているから、何かおかしかったのかなと不安になる。
「あの」とわたしが話を振ると、ようやく団長さんの瞳は普通の大きさに戻った。
「……ああ、いってくる」
団長さんはそう呟いて部屋を退出した。