槍とカチューシャ(1~50)
第40話『団長の話』
団長さんが一瞬でも可愛らしく見えてしまったのは、まぼろしだったのかもしれない。同情してお茶に誘うなんて、どうしてそんな取り返しのつかないことをしてしまったのか。ちゃんと考えてから誘えば良かったと、気づいたときにはもう遅い。
団長さんは思ったら即行動に移す。わたしの手首を掴み直し、例のように引きずった。非力なわたしが騎士の力に敵うわけもない。抵抗なんてできるはずもなく、されるがまま訓練場から連れ出された。
フィナや夏希も助けてくれなかったし、味方はどこにもいないのかもしれない。そんな絶望的なことを考えながら団長室まで連れていかれる。以前のように世話係の男性がわたしを迎えてくれた。団長さんは彼に何やら申しつけたあと、ようやくわたしの手を離してくれた。
しばらく待つと、メイドさんがやってきてテーブルセットやティーセットを用意してくれた。あたためたティーポットから紅茶を注いで、ティータイムがスタートした。しかも、メイドさんや世話係の人はわたしと団長さんをふたりきりにする。そんな変な気づかいはいらない。
「あの~」
ベンチに座ってお茶をすするくらいで良かった、とは言えない雰囲気だ。せっかく、セッティングしてもらったし、座らないわけにはいかないだろう。団長さんが音を立てながら椅子に腰かけたのを見て、わたしもあきらめて向かい側の椅子に落ち着いた。
「飲め」
「まあ、飲みますけど」
この上品なカップの取っ手がくねくねしていて持ちにくい。団長さんの太い指じゃ入らないんじゃないの、と心配したら、器用に指でつまみ上げた。カップのふちを口に近づける。それを見て、やっぱり異世界の人は違うなあと妙に感心した。
わたしも一口すすり、カップをソーサーの上に戻す。お互いに特に話すこともなく、静かでおだやかな時間がゆっくりと流れていく。することもなく、改めて目の前にある団長さんの顔や表情と向き合った。彼は緑色の瞳を持つ異世界の人だ。シャーレンブレンドの人。
――あれ? その時に気づいた。
「団長さん」
「何だ?」
「今さら気づいたんですけど」
「ああ」
「団長さんって、日本語、話せるんですね?」
わたしは意識していなかったけれど、途中から日本語になっていた。どうもすらすらと会話が続くわけだ。
「やっと、気づいたか。……そうだ」
「いつから話せるようになったんですか?」
「生まれた頃からだ」
「えっ?」
団長さんはカップを一気に傾けて飲み干したあと、椅子から立ち上がった。面と向かって話すことに抵抗があるのかもしれない。
「……俺の祖母は日本人だ。もとは異世界人だったが、祖父に見初められるまでは大きな屋敷の奴隷として働かされていた。それでも祖母は一度奴隷になったことで、周りから様々な嫌がらせを受けたらしい。彼女は何もしていないのに、だ……」
落ち着いて言葉を選ぶ団長さんの背中を眺めて、わたしは相づちを打つことしかできない。
「だから俺は異世界人を助けたいと思う」
これでよくわかった。団長さんが異世界から来た人に世話を焼く理由は、おばあさまみたいな人を出さないためだった。きっと、わたしに贈り物をしてくれたのも、おばあさまの影響に過ぎないのだろう。そう考えたら、何か、胸の辺りがもやもやする。
「団長さんはなぜ、わたしを妻にしたいと思うんですか? 勘だとかそんなことじゃなく、ちゃんとした理由を教えてください」
勘だとかそんなことではなく、もっとはっきり言ってほしかった。団長さんはようやくわたしと視線を交わした。
「祖母が言っていた。騎士の妻にするなら土壇場でも決してひるまない女にしろと。そして、お前は奴隷として売られそうになったとき、まったく恐れずにそこに立っていた。だから、思わず、手を挙げてしまった」
この答えは、勘よりかはまだマシかもしれない。
「ああ、後は……」
何か聞きたくない。でも団長さんは止めてくれない。
「胸の大きさと腰の触りぐらいもなかなかのものだった」
やっぱり、ただのセクハラ親父だ。わたしは「本当に嫌い」と口にする。でも、団長さんは気にしたふうでもなく、口の端を上げる。
「今は嫌いでいい。だが、そのうち、な」
「何がそのうちですか」
冗談だとはわかっている。わたしまで不覚にも笑ってしまった。
団長さんが一瞬でも可愛らしく見えてしまったのは、まぼろしだったのかもしれない。同情してお茶に誘うなんて、どうしてそんな取り返しのつかないことをしてしまったのか。ちゃんと考えてから誘えば良かったと、気づいたときにはもう遅い。
団長さんは思ったら即行動に移す。わたしの手首を掴み直し、例のように引きずった。非力なわたしが騎士の力に敵うわけもない。抵抗なんてできるはずもなく、されるがまま訓練場から連れ出された。
フィナや夏希も助けてくれなかったし、味方はどこにもいないのかもしれない。そんな絶望的なことを考えながら団長室まで連れていかれる。以前のように世話係の男性がわたしを迎えてくれた。団長さんは彼に何やら申しつけたあと、ようやくわたしの手を離してくれた。
しばらく待つと、メイドさんがやってきてテーブルセットやティーセットを用意してくれた。あたためたティーポットから紅茶を注いで、ティータイムがスタートした。しかも、メイドさんや世話係の人はわたしと団長さんをふたりきりにする。そんな変な気づかいはいらない。
「あの~」
ベンチに座ってお茶をすするくらいで良かった、とは言えない雰囲気だ。せっかく、セッティングしてもらったし、座らないわけにはいかないだろう。団長さんが音を立てながら椅子に腰かけたのを見て、わたしもあきらめて向かい側の椅子に落ち着いた。
「飲め」
「まあ、飲みますけど」
この上品なカップの取っ手がくねくねしていて持ちにくい。団長さんの太い指じゃ入らないんじゃないの、と心配したら、器用に指でつまみ上げた。カップのふちを口に近づける。それを見て、やっぱり異世界の人は違うなあと妙に感心した。
わたしも一口すすり、カップをソーサーの上に戻す。お互いに特に話すこともなく、静かでおだやかな時間がゆっくりと流れていく。することもなく、改めて目の前にある団長さんの顔や表情と向き合った。彼は緑色の瞳を持つ異世界の人だ。シャーレンブレンドの人。
――あれ? その時に気づいた。
「団長さん」
「何だ?」
「今さら気づいたんですけど」
「ああ」
「団長さんって、日本語、話せるんですね?」
わたしは意識していなかったけれど、途中から日本語になっていた。どうもすらすらと会話が続くわけだ。
「やっと、気づいたか。……そうだ」
「いつから話せるようになったんですか?」
「生まれた頃からだ」
「えっ?」
団長さんはカップを一気に傾けて飲み干したあと、椅子から立ち上がった。面と向かって話すことに抵抗があるのかもしれない。
「……俺の祖母は日本人だ。もとは異世界人だったが、祖父に見初められるまでは大きな屋敷の奴隷として働かされていた。それでも祖母は一度奴隷になったことで、周りから様々な嫌がらせを受けたらしい。彼女は何もしていないのに、だ……」
落ち着いて言葉を選ぶ団長さんの背中を眺めて、わたしは相づちを打つことしかできない。
「だから俺は異世界人を助けたいと思う」
これでよくわかった。団長さんが異世界から来た人に世話を焼く理由は、おばあさまみたいな人を出さないためだった。きっと、わたしに贈り物をしてくれたのも、おばあさまの影響に過ぎないのだろう。そう考えたら、何か、胸の辺りがもやもやする。
「団長さんはなぜ、わたしを妻にしたいと思うんですか? 勘だとかそんなことじゃなく、ちゃんとした理由を教えてください」
勘だとかそんなことではなく、もっとはっきり言ってほしかった。団長さんはようやくわたしと視線を交わした。
「祖母が言っていた。騎士の妻にするなら土壇場でも決してひるまない女にしろと。そして、お前は奴隷として売られそうになったとき、まったく恐れずにそこに立っていた。だから、思わず、手を挙げてしまった」
この答えは、勘よりかはまだマシかもしれない。
「ああ、後は……」
何か聞きたくない。でも団長さんは止めてくれない。
「胸の大きさと腰の触りぐらいもなかなかのものだった」
やっぱり、ただのセクハラ親父だ。わたしは「本当に嫌い」と口にする。でも、団長さんは気にしたふうでもなく、口の端を上げる。
「今は嫌いでいい。だが、そのうち、な」
「何がそのうちですか」
冗談だとはわかっている。わたしまで不覚にも笑ってしまった。