槍とカチューシャ(1~50)
第38話『フィナの宣言』
さて、ひとことふたこと団長さんと言葉を交わしてから、夏希は訓練に加わわった。他の騎士たちみたいに一対一で訓練をするのかと思っていたら、どうも様子が違う。
他の騎士たちが夏希ひとりを取り囲みはじめたのだ。日常が壊れて戦いへ向かうような緊張感が走る。彼は一斉に夏希に向けて動き出す。殴る。蹴る。ひとりに対して数人がかりで攻撃するなんてひどい。
「夏希くん!」
騎士たちのなかに夏希の姿が消える。こちらからではどうなっているのかは見えない。肉同士が当たるような鈍い音がした。
きっと、ひどい暴行を受けているんだ。音がやまないのがその証拠だ。わたしは団長さんを見つけてにらんだ。向こうもいつからそうしていたのか、ずっとにらんでくる。
「やめさせてよ」というそんな気持ちをこめた。でも、団長さんは止めようとはしない。夏希を助けるばかりか、素知らぬ顔で目をそらしやがった。
――本当にあの男は! 少しは見直していたのに。このままじゃ夏希は……。
「マキ、見て!」
「え?」
フィナに言われて、夏希がいたと思われる場所へと目線を移す。訓練場の土埃が風に舞う。そのとき、取り囲んでいた騎士たちが次々と倒れていく。土埃がおさまったその先には、無傷でたたずむ夏希の姿があった。
強いことは知っていた。一度はこの目で敵を蹴散らす姿を見たことがある。でも、まさか、こんなに強いの?
夏希は顎から滴り落ちる汗を拭って一息吐いた。青い瞳がさまよってフィナを見つけると、ふにゃっと顔をほころばせた。しまりのない顔を前にして、緊張が解けていく。きっと、フィナにいいところが見せられて嬉しいのだろう。
――無事で良かった。
わたしは涙が浮かんできて、それを指で拭いつつ、「夏希くん」と大きく声をかけた。
「マキさ……」
夏希が答える前に、鈍い音がする。団長さんの拳を腕で受け止めるが、次の1打は夏希の速さを上回った。あれだけの数を潰した夏希をたった2発で地面へと叩き落とした。せっかく好きな人にアピールできて喜んでいたところを水を差すなんて、やっぱり空気が読めない。
団長さんに向けて何か言ってやりたいと思っていたら、「素敵……」と、不吉な言葉が聞こえてきた。隣に目を向けると、やけにキラキラした青い瞳が団長さんを一心に見つめていた。わたしの耳には団長さんが素敵と言ったように聞こえたけれど、間違いだろうか。
「フィナ?」
「わたし、決めた」
何を「決めた」のだろう?
「わたし、騎士になる!」
フィナは目を輝かせて高らかに宣言した。満足そうに笑顔を浮かべられると、言葉を無くしてしまう。確かに、フィナ自身が決めたことを他人がどうこう言えるものではない。だけど、騎士団はみんな怪我をしたり、危険にさらされるはずだ。それを思うと、完全に賛成はできなかった。
団長さんに殴られて倒れた夏希だけれど、すぐに立ち上がり、「フィナちゃん!」と駆け寄ってくる。
「それ、本気?」
「うん、わたし、団長みたいに強くなりたいの」
団長さんに憧れるなんて、夏希とすれば嫉妬するのかと思いきや、まったく違って、彼の顔は一気に明るいものになった。
「わかるよ。僕もあの拳を受けて、改めてすごいと思ったし」
「うん!」
ふたりはだんだん興奮しはじめたのか、英語で話していく。もう、わたしの助けは必要ないようだ。これは望んでいたことだけれど、まさか、こちらの意味で仲良くなるとは思わなかった。
さて、ひとことふたこと団長さんと言葉を交わしてから、夏希は訓練に加わわった。他の騎士たちみたいに一対一で訓練をするのかと思っていたら、どうも様子が違う。
他の騎士たちが夏希ひとりを取り囲みはじめたのだ。日常が壊れて戦いへ向かうような緊張感が走る。彼は一斉に夏希に向けて動き出す。殴る。蹴る。ひとりに対して数人がかりで攻撃するなんてひどい。
「夏希くん!」
騎士たちのなかに夏希の姿が消える。こちらからではどうなっているのかは見えない。肉同士が当たるような鈍い音がした。
きっと、ひどい暴行を受けているんだ。音がやまないのがその証拠だ。わたしは団長さんを見つけてにらんだ。向こうもいつからそうしていたのか、ずっとにらんでくる。
「やめさせてよ」というそんな気持ちをこめた。でも、団長さんは止めようとはしない。夏希を助けるばかりか、素知らぬ顔で目をそらしやがった。
――本当にあの男は! 少しは見直していたのに。このままじゃ夏希は……。
「マキ、見て!」
「え?」
フィナに言われて、夏希がいたと思われる場所へと目線を移す。訓練場の土埃が風に舞う。そのとき、取り囲んでいた騎士たちが次々と倒れていく。土埃がおさまったその先には、無傷でたたずむ夏希の姿があった。
強いことは知っていた。一度はこの目で敵を蹴散らす姿を見たことがある。でも、まさか、こんなに強いの?
夏希は顎から滴り落ちる汗を拭って一息吐いた。青い瞳がさまよってフィナを見つけると、ふにゃっと顔をほころばせた。しまりのない顔を前にして、緊張が解けていく。きっと、フィナにいいところが見せられて嬉しいのだろう。
――無事で良かった。
わたしは涙が浮かんできて、それを指で拭いつつ、「夏希くん」と大きく声をかけた。
「マキさ……」
夏希が答える前に、鈍い音がする。団長さんの拳を腕で受け止めるが、次の1打は夏希の速さを上回った。あれだけの数を潰した夏希をたった2発で地面へと叩き落とした。せっかく好きな人にアピールできて喜んでいたところを水を差すなんて、やっぱり空気が読めない。
団長さんに向けて何か言ってやりたいと思っていたら、「素敵……」と、不吉な言葉が聞こえてきた。隣に目を向けると、やけにキラキラした青い瞳が団長さんを一心に見つめていた。わたしの耳には団長さんが素敵と言ったように聞こえたけれど、間違いだろうか。
「フィナ?」
「わたし、決めた」
何を「決めた」のだろう?
「わたし、騎士になる!」
フィナは目を輝かせて高らかに宣言した。満足そうに笑顔を浮かべられると、言葉を無くしてしまう。確かに、フィナ自身が決めたことを他人がどうこう言えるものではない。だけど、騎士団はみんな怪我をしたり、危険にさらされるはずだ。それを思うと、完全に賛成はできなかった。
団長さんに殴られて倒れた夏希だけれど、すぐに立ち上がり、「フィナちゃん!」と駆け寄ってくる。
「それ、本気?」
「うん、わたし、団長みたいに強くなりたいの」
団長さんに憧れるなんて、夏希とすれば嫉妬するのかと思いきや、まったく違って、彼の顔は一気に明るいものになった。
「わかるよ。僕もあの拳を受けて、改めてすごいと思ったし」
「うん!」
ふたりはだんだん興奮しはじめたのか、英語で話していく。もう、わたしの助けは必要ないようだ。これは望んでいたことだけれど、まさか、こちらの意味で仲良くなるとは思わなかった。