槍とカチューシャ(1~50)
第37話『騎士の訓練』
フィナの一声もあって、騎士団の訓練場へと場所を移した。ある意味、騎士にとって日常も戦場なのかもしれない。男たちの野太いかけ声が行き交っていく。夏希いわく殴りあったり蹴りあったりするのは喧嘩しているわけではなく、訓練の一環だそうだ。
汗まみれの男たちに目を光らせているのは、仁王立ちで構えた団長さんだった。やっぱり仕事場だからか、全身からただならぬオーラをあふれ出している。きっと、今なら簡単には近寄れないのだろう。
「団長さんってちゃんと仕事してるんだ」
失礼かもしれないけれど、団長さんの姿勢を見て、改めて感心した。わたしを妻にしたいと冗談を言ったり、マメにお菓子を贈りつける奇特な人とはまったく思えない。ちゃんと騎士たちに指示を出している。騎士たちもそれに従い、また訓練を続ける。
「マキさん、そうなんです!」
わたしが血迷ったように口走った団長さんへの誉め言葉に、隣の夏希は嬉しそうにうなずく。ここに来てキラキラした目を見つけてしまい、しくじったなと思う。スイッチを入れてしまったらしい。
「団長はやはり素晴らしく……僕がはじめて騎士団に入ったときですが……」
長くなりそうだ。
夏希による夏希のための団長さんの自慢話をいちいち聞いていられなくて、フィナの姿に目を向ける。怖がってびくびくしているかと思いきや、彼女は真剣な瞳で訓練を見つめていた。口元を手で押さえてはいるものの、目をそらすことはない。倒れたりもしない。
――意外とこういうの大丈夫なんだ。自分から見たいと言っていたし、そういうの好きなのかもしれない。
わたしもフィナに習って騎士の訓練をふたたび眺めた。見事に男たちだけだ。これだけの男を見る機会もないし、どうせならわたし好みの人はいないかなと探していたら、なぜかちょうど団長さんと視線が重なった。
一応の知り合いだし、手を上げるか、頭を下げるかしないと変だろう。どうしようか迷っている間に、さっと目線がそらされる。団長さんは無視を選んだらしい。遅れて無精髭をたくわえた口で、「ナツ!」とえらそうに呼んだ。
「は、はい!」
夏希は逆らう素振りもなく、自慢話をすぐにやめる。そして、団長さんのもとへ走って行こうとするのだけれど、わたしは黙っていられなかった。
「えっ、行っちゃうの?」
「申し訳ありません。フィナちゃんもごめんなさい」
フィナよりも団長を選ぶなんて男としてどうなんだと思う。それでも、フィナは首を横に振る。夏希は深々と頭を下げてから、主人である団長さんへと駆け寄っていく。
「フィナ、良かったの?」
「どうして?」
「だって、フィナを置いていっちゃったんだよ」
誘っておいてそれは無いだろうとか、怒りを感じないのだろうか。そう思って聞いたのに、フィナは本当にわからないようで小首を傾げた。
「ナツがいなくても大丈夫だよ。マキがいるし」
わたしとすれば胸の辺りがほっこりするくらい嬉しいけれど、少し複雑な気持ちもあった。夏希の存在はまだまだフィナのなかでは小さいということだろう。がんばれ。遠ざかる夏希の背中をちょっと応援してみた。
フィナの一声もあって、騎士団の訓練場へと場所を移した。ある意味、騎士にとって日常も戦場なのかもしれない。男たちの野太いかけ声が行き交っていく。夏希いわく殴りあったり蹴りあったりするのは喧嘩しているわけではなく、訓練の一環だそうだ。
汗まみれの男たちに目を光らせているのは、仁王立ちで構えた団長さんだった。やっぱり仕事場だからか、全身からただならぬオーラをあふれ出している。きっと、今なら簡単には近寄れないのだろう。
「団長さんってちゃんと仕事してるんだ」
失礼かもしれないけれど、団長さんの姿勢を見て、改めて感心した。わたしを妻にしたいと冗談を言ったり、マメにお菓子を贈りつける奇特な人とはまったく思えない。ちゃんと騎士たちに指示を出している。騎士たちもそれに従い、また訓練を続ける。
「マキさん、そうなんです!」
わたしが血迷ったように口走った団長さんへの誉め言葉に、隣の夏希は嬉しそうにうなずく。ここに来てキラキラした目を見つけてしまい、しくじったなと思う。スイッチを入れてしまったらしい。
「団長はやはり素晴らしく……僕がはじめて騎士団に入ったときですが……」
長くなりそうだ。
夏希による夏希のための団長さんの自慢話をいちいち聞いていられなくて、フィナの姿に目を向ける。怖がってびくびくしているかと思いきや、彼女は真剣な瞳で訓練を見つめていた。口元を手で押さえてはいるものの、目をそらすことはない。倒れたりもしない。
――意外とこういうの大丈夫なんだ。自分から見たいと言っていたし、そういうの好きなのかもしれない。
わたしもフィナに習って騎士の訓練をふたたび眺めた。見事に男たちだけだ。これだけの男を見る機会もないし、どうせならわたし好みの人はいないかなと探していたら、なぜかちょうど団長さんと視線が重なった。
一応の知り合いだし、手を上げるか、頭を下げるかしないと変だろう。どうしようか迷っている間に、さっと目線がそらされる。団長さんは無視を選んだらしい。遅れて無精髭をたくわえた口で、「ナツ!」とえらそうに呼んだ。
「は、はい!」
夏希は逆らう素振りもなく、自慢話をすぐにやめる。そして、団長さんのもとへ走って行こうとするのだけれど、わたしは黙っていられなかった。
「えっ、行っちゃうの?」
「申し訳ありません。フィナちゃんもごめんなさい」
フィナよりも団長を選ぶなんて男としてどうなんだと思う。それでも、フィナは首を横に振る。夏希は深々と頭を下げてから、主人である団長さんへと駆け寄っていく。
「フィナ、良かったの?」
「どうして?」
「だって、フィナを置いていっちゃったんだよ」
誘っておいてそれは無いだろうとか、怒りを感じないのだろうか。そう思って聞いたのに、フィナは本当にわからないようで小首を傾げた。
「ナツがいなくても大丈夫だよ。マキがいるし」
わたしとすれば胸の辺りがほっこりするくらい嬉しいけれど、少し複雑な気持ちもあった。夏希の存在はまだまだフィナのなかでは小さいということだろう。がんばれ。遠ざかる夏希の背中をちょっと応援してみた。