槍とカチューシャ(1~50)
第36話『快気祝い』
日常が戻ってきたと実感したのは、授業後に夏希が待ち構えていたことだった。すっかり、足の怪我も癒えたようで、団長さんの使いを再開したらしい。
「治ってすぐに大変だね」
「いえいえ。団長のためなら」
ここまで団長さんが好きなのかと若干引いたけれど、彼にしてみれば当たり前のことだ。だから、余計な言葉を挟むつもりはない。好きな人(夏希とすれば憧れの人だけれど)について他人からあれこれ言われたくないだろうし。
大人として黙って夏希の手元を見れば、団長さんはバスケットから綺麗な布へと変更したようだった。
バスケットは1つくらいならあっても問題はないけれど、数が増えると処理に困る。実はメッセージカードとリボン以外は、誰かにおすそわけしていたりするのだけど、それは団長さんには内緒だ。
「さあ、これをどうぞ」
夏希はクリームイエロー色の布でラッピングされた贈り物を差し出してきた。布に包まれているものの、中身はきっと、お菓子だと思う。鼻を寄せたら甘い香りが漂ってきそうだ。
夏希から受け取って満足に浸っていると、彼は「マキさん」と不満そうな声で呼んできた。
「どうしたの?」
「マキさん、忘れていませんか? フィナちゃんと騎士団の訓練を見に来てくれる約束です」
「ああ」
完全に忘れていた。なんてことは間違っても言えない。わたしは笑いでごまかしつつ、相づちを打った。夏希はもじもじしながら、目線を下に移す。
「あの、明日辺りどうでしょうか? 授業はありませんよね?」
「そうだけど。でも、何でそんなこと夏希くんが知ってるの?」
「うっ」
夏希は喉に詰まらせたようにアホみたいな表情を表す。どうやら聞いてはいけなかったらしい。というか、誘うために調べたのだろうけれど、まあ、いい。これ以上はいじめても可愛そうだし、約束は約束だからと思うことにした。
「いいよ。明日ね。これ夏希くんの快気祝いだから」
「は、はい! ありがとうございます!」
夏希の青い目は日差しを浴びたようにきらきら輝いている。顔がにやけまくっていて、こちらから見ても微笑ましかった。
約束の日になって、フィナと一緒にお城の渡り廊下を歩く。夏希の案内によると、騎士たちが過ごす訓練所はずいぶんと隔離された場所にあるらしい。「何で?」と夏希に聞いたら、「剣とか槍とか危険なものを扱いますから」と説明された。
「じゃあ、わたしたちが見学するの危なくない?」
「そうですね。危険ではないとは言い切れませんが」
言葉をにごらせた夏希が目に見えて落ちこんでいく。そこまで考えが至らなかったのだろう。わたしだってせっかく来たし、危険だと言われても見てみたい気はある。
フォローしなきゃと口を開きかけたとき、「わたし」とフィナの小さな声が届いた。フィナにもわかるようにこちらの言葉で話していたから、何か気になることがあったのかもしれない。
「どうしたの?」
うつむきがちのフィナの表情はのぞきこんでみないとわからない。「フィナ?」と声をかけると、あまり主張したがらないフィナが意を決したように顔を上げた。いつも不安そうに垂れている眉尻が、ほんの少し上がっている気がする。
「あのね、わたし、危険でもいいから騎士の仕事を見ておきたいの。ほら、騎士の人たち、わたしたちを助けてくれたでしょ、だから、見ておきたいって」
握り拳を作り、フィナは必死に伝えた。夏希にとってどれだけ救いになったのだろう。あまりに感動して泣き出さないか心配だったけれど、夏希は「喜んで!」と満面に笑顔をはじけさせた。
日常が戻ってきたと実感したのは、授業後に夏希が待ち構えていたことだった。すっかり、足の怪我も癒えたようで、団長さんの使いを再開したらしい。
「治ってすぐに大変だね」
「いえいえ。団長のためなら」
ここまで団長さんが好きなのかと若干引いたけれど、彼にしてみれば当たり前のことだ。だから、余計な言葉を挟むつもりはない。好きな人(夏希とすれば憧れの人だけれど)について他人からあれこれ言われたくないだろうし。
大人として黙って夏希の手元を見れば、団長さんはバスケットから綺麗な布へと変更したようだった。
バスケットは1つくらいならあっても問題はないけれど、数が増えると処理に困る。実はメッセージカードとリボン以外は、誰かにおすそわけしていたりするのだけど、それは団長さんには内緒だ。
「さあ、これをどうぞ」
夏希はクリームイエロー色の布でラッピングされた贈り物を差し出してきた。布に包まれているものの、中身はきっと、お菓子だと思う。鼻を寄せたら甘い香りが漂ってきそうだ。
夏希から受け取って満足に浸っていると、彼は「マキさん」と不満そうな声で呼んできた。
「どうしたの?」
「マキさん、忘れていませんか? フィナちゃんと騎士団の訓練を見に来てくれる約束です」
「ああ」
完全に忘れていた。なんてことは間違っても言えない。わたしは笑いでごまかしつつ、相づちを打った。夏希はもじもじしながら、目線を下に移す。
「あの、明日辺りどうでしょうか? 授業はありませんよね?」
「そうだけど。でも、何でそんなこと夏希くんが知ってるの?」
「うっ」
夏希は喉に詰まらせたようにアホみたいな表情を表す。どうやら聞いてはいけなかったらしい。というか、誘うために調べたのだろうけれど、まあ、いい。これ以上はいじめても可愛そうだし、約束は約束だからと思うことにした。
「いいよ。明日ね。これ夏希くんの快気祝いだから」
「は、はい! ありがとうございます!」
夏希の青い目は日差しを浴びたようにきらきら輝いている。顔がにやけまくっていて、こちらから見ても微笑ましかった。
約束の日になって、フィナと一緒にお城の渡り廊下を歩く。夏希の案内によると、騎士たちが過ごす訓練所はずいぶんと隔離された場所にあるらしい。「何で?」と夏希に聞いたら、「剣とか槍とか危険なものを扱いますから」と説明された。
「じゃあ、わたしたちが見学するの危なくない?」
「そうですね。危険ではないとは言い切れませんが」
言葉をにごらせた夏希が目に見えて落ちこんでいく。そこまで考えが至らなかったのだろう。わたしだってせっかく来たし、危険だと言われても見てみたい気はある。
フォローしなきゃと口を開きかけたとき、「わたし」とフィナの小さな声が届いた。フィナにもわかるようにこちらの言葉で話していたから、何か気になることがあったのかもしれない。
「どうしたの?」
うつむきがちのフィナの表情はのぞきこんでみないとわからない。「フィナ?」と声をかけると、あまり主張したがらないフィナが意を決したように顔を上げた。いつも不安そうに垂れている眉尻が、ほんの少し上がっている気がする。
「あのね、わたし、危険でもいいから騎士の仕事を見ておきたいの。ほら、騎士の人たち、わたしたちを助けてくれたでしょ、だから、見ておきたいって」
握り拳を作り、フィナは必死に伝えた。夏希にとってどれだけ救いになったのだろう。あまりに感動して泣き出さないか心配だったけれど、夏希は「喜んで!」と満面に笑顔をはじけさせた。