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槍とカチューシャ(1~50)

第34話『嫌な予感』

 その日は起きた瞬間から嫌な予感がしていた。ちゃんとした根拠があるわけではない。でも、何だか嫌な予感がずっと胸の中に居座っていた。

 マリー先生の授業後、お昼の時間になったけれど、嫌な予感は拭えずに食堂までの道のりを歩く。

 異世界人のために解放された食堂は、ちょっと小綺麗なレストランのような装いをしていた。はじめて食事をした場所はシャンデリアが降りていたけれど、こちらはもう少しカジュアルな雰囲気になっていて落ち着けた。

 今日は肉やシチューは胸やけがしそうで、軽いサンドイッチがいいかなと考える。できれば、心が晴れるように明るい中庭で食べたいなあと思う。

 食堂にいるメイドさんに注文すると、バスケットに入れたサンドイッチとナシジュースを提供してもらった。

 中庭のベンチには鳥が休むだけで、誰もいなかった。今日は風が強く長い裾のスカートが揺れる。スカートを抑えつつ、ベンチの真ん中に腰を落ち着かせる。さて、ナシジュースでも飲もうかなと瓶の口に触れたとき、背中に寒気が走った。

 ――何? 風邪でもひいた? そう考えれば、朝からの嫌な予感は風邪のせいだったのかもしれない。

 風邪を自覚したら足元から寒気がはい上がってくるようだった。腕をさするように肩を抱き締めていたら、頭に重いものがかけられた。視界は暗く、一瞬何が起きたのかわからない。手探りで頭に触れると、衣服のようだった。誰が服なんてかけてきたのだろう。

「アイミ」

 声に驚いて顔を上げると、かけられた服が肩までずり落ちた。クリアになった視界で後ろを振り返ってみれば、そこにはベンチの背もたれに置いた大きな手があった。

 手から腕、広い肩、そして、顔までを順番に見ていくと、本当に目の前に存在しているのだなあと改めて感じた。風呂に入っていないのか、服を通して放たれる獣臭さに逃げたくなる。けれど、緑色の瞳が槍のように突き刺さって身動きがとれなかった。

「団長さん」

 わたしが「逃げたいです」という気持ちをこめて団長さんを呼んだら、「アイミ」と耳元でささやかれた。

 団長さんが覆い被さるように、わたしを抱き締める。首の前に腕が回り、彼との距離がなくなる。

「あの、団長さん?」

「アイミ」

 ――なぜ、抱き締められているの? 抵抗しようにも、騎士団の体が女の力でどうこうできるわけもない。わたしはこうしてじっと抱き締められるしかないのかと、ぼんやり考えた。
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Clap