槍とカチューシャ(1~50)
第33話『お見舞いへ』
改めて夏希の元へと向かったのは翌日だった。手ぶらでお見舞いに行くのは失礼な気がして、夏希が好きそうな『歴代騎士団長の道程』の本(マリー先生からお借りしたもの)と、ある秘密兵器を持参した。
夏希の眠るベッドに近づいて早々、布団の上に辞書並みの分厚い本を置く。秘密兵器は後からじっくり見て、驚いてもらう計画だった。
「ほら、これ、マリー先生が暇潰しにと貸してくれた本」
「うわっ、ありがとうございます。ずっと、読みたかったんです」
夏希は嬉しそうに屈託のない笑顔を浮かべる。20歳にしては落ち着いていて穏やかだし、こちらが嫌になるような男臭さ(団長さんを思い浮かべた)もない。だから、あどけない笑みは夏希らしいといえば夏希らしい。
本を胸に抱いて喜ぶ姿は予想通りだ。でも、今日はその顔を強ばらせてしまうような秘密兵器を用意してあるのだ。
「夏希くん」
「何でしょう?」
夏希は本の裏表紙を大事そうに撫でながら、わたしに目を向けた。こちらもうっかり笑みを浮かべてしまいそうな、まったく警戒心を解いたふやけた顔だ。
「何って忘れたの? 昨日約束したよね」
「約束とはまさか……」
ようやく言葉の意味を理解したのか、澄みきった空色の目を丸くする。でも、完全には信じられないはずだ、本物を見ないまでは。
「そう。フィナ、おいで」
仕切りからひょっこり覗かせたのは、不安そうに眉を寄せた顔のフィナだった。夏希の怪我のことを彼女に伝えたら、しぶしぶお見舞いについてきてくれることになった。
わたしが手招きすると、フィナが少しずつ近づいてくる。自分の足で近づけるようになっても、警戒心はなかなか解けないらしい。やっぱりまだ、夏希に慣れるには相当な時間がかかりそうだ。
「フィナ、ちゃん」
夏希は掠れた声でフィナの名前を呼ぶ。返事をするのをためらったかのようなフィナは、とても困ったらしくわたしを見つめてきた。ふたりの仲を取り持つなんて柄でもないけれど、これくらいなら許されるだろう。
「ナツって呼んであげたら」
「ナツ?」
「そう」
フィナはわたしから目を移して、真っ正面から夏希を見据える。「ナツ」と名前を呼ばれた夏希は顔を強ばらせたけれど、すぐに頬を真っ赤にさせた。白い肌だから、赤くなるとすぐにわかってしまう。
「ふ、フィナちゃん」
直視できないのか、うつむく夏希である。それぞれ思いは違うけれど真っ赤な顔をしたふたりを眺めていたら、わたしは子供を見守るような温かい気持ちになってきた。邪魔者は消えてしまったほうがいいだろう。
「あとはおふたりで……」
どうぞと言い終わる前に「マキさん!」と「マキ!」、ふたりが同時に叫んだ。
「ふたりとも仲いいね」
夏希とフィナは驚いたように顔を見合わせた。わたしとすれば、似た者同士だ。並ぶ姿はとっても目の保養になる。
やがて、ふたりはくすくすと笑った。それが肩の力を抜くいいきっかけになったのかもしれない。夏希は緊張が解けたようで、フィナにわかるように英語で長文を話した。
フィナは少し考える仕草を見せたあと、小さくうなずいた。何を話したのか気になって、夏希にたずねると、彼は目を輝かせたまま教えてくれた。
「フィナちゃんに僕の怪我が治ったら騎士団の訓練を見に来てほしいと伝えたんです。そうしたら、マキさんと一緒ならいいって!」
「えー!」
「お願いします!」
仕方あるまい。夏希のキラキラした眩しい瞳に勝てる自信はまったくなく、「わかったよ」と抵抗は諦めた。
改めて夏希の元へと向かったのは翌日だった。手ぶらでお見舞いに行くのは失礼な気がして、夏希が好きそうな『歴代騎士団長の道程』の本(マリー先生からお借りしたもの)と、ある秘密兵器を持参した。
夏希の眠るベッドに近づいて早々、布団の上に辞書並みの分厚い本を置く。秘密兵器は後からじっくり見て、驚いてもらう計画だった。
「ほら、これ、マリー先生が暇潰しにと貸してくれた本」
「うわっ、ありがとうございます。ずっと、読みたかったんです」
夏希は嬉しそうに屈託のない笑顔を浮かべる。20歳にしては落ち着いていて穏やかだし、こちらが嫌になるような男臭さ(団長さんを思い浮かべた)もない。だから、あどけない笑みは夏希らしいといえば夏希らしい。
本を胸に抱いて喜ぶ姿は予想通りだ。でも、今日はその顔を強ばらせてしまうような秘密兵器を用意してあるのだ。
「夏希くん」
「何でしょう?」
夏希は本の裏表紙を大事そうに撫でながら、わたしに目を向けた。こちらもうっかり笑みを浮かべてしまいそうな、まったく警戒心を解いたふやけた顔だ。
「何って忘れたの? 昨日約束したよね」
「約束とはまさか……」
ようやく言葉の意味を理解したのか、澄みきった空色の目を丸くする。でも、完全には信じられないはずだ、本物を見ないまでは。
「そう。フィナ、おいで」
仕切りからひょっこり覗かせたのは、不安そうに眉を寄せた顔のフィナだった。夏希の怪我のことを彼女に伝えたら、しぶしぶお見舞いについてきてくれることになった。
わたしが手招きすると、フィナが少しずつ近づいてくる。自分の足で近づけるようになっても、警戒心はなかなか解けないらしい。やっぱりまだ、夏希に慣れるには相当な時間がかかりそうだ。
「フィナ、ちゃん」
夏希は掠れた声でフィナの名前を呼ぶ。返事をするのをためらったかのようなフィナは、とても困ったらしくわたしを見つめてきた。ふたりの仲を取り持つなんて柄でもないけれど、これくらいなら許されるだろう。
「ナツって呼んであげたら」
「ナツ?」
「そう」
フィナはわたしから目を移して、真っ正面から夏希を見据える。「ナツ」と名前を呼ばれた夏希は顔を強ばらせたけれど、すぐに頬を真っ赤にさせた。白い肌だから、赤くなるとすぐにわかってしまう。
「ふ、フィナちゃん」
直視できないのか、うつむく夏希である。それぞれ思いは違うけれど真っ赤な顔をしたふたりを眺めていたら、わたしは子供を見守るような温かい気持ちになってきた。邪魔者は消えてしまったほうがいいだろう。
「あとはおふたりで……」
どうぞと言い終わる前に「マキさん!」と「マキ!」、ふたりが同時に叫んだ。
「ふたりとも仲いいね」
夏希とフィナは驚いたように顔を見合わせた。わたしとすれば、似た者同士だ。並ぶ姿はとっても目の保養になる。
やがて、ふたりはくすくすと笑った。それが肩の力を抜くいいきっかけになったのかもしれない。夏希は緊張が解けたようで、フィナにわかるように英語で長文を話した。
フィナは少し考える仕草を見せたあと、小さくうなずいた。何を話したのか気になって、夏希にたずねると、彼は目を輝かせたまま教えてくれた。
「フィナちゃんに僕の怪我が治ったら騎士団の訓練を見に来てほしいと伝えたんです。そうしたら、マキさんと一緒ならいいって!」
「えー!」
「お願いします!」
仕方あるまい。夏希のキラキラした眩しい瞳に勝てる自信はまったくなく、「わかったよ」と抵抗は諦めた。