槍とカチューシャ(1~50)
第30話『あれがない日』
「うーん」
食事を終えて部屋へと戻る。後はベッドで眠るだけだったのに、胸の辺りがモヤモヤしてきた。何か大事なものを忘れているような予感する。でも、それが何なのか、わからない。
――何だっけ? マリー先生から借りた本は返却したし、他に貸し借りをした記憶はない。フィナとの約束もしていないし、何なんだろう、この気持ち。もやもやしたものを思い出せないのが一番嫌だ。
仕方なく晴れない気持ちのままで部屋へと戻ったら、シャンパン色のナイトドレス(ふくらみのある袖や裾がヒラヒラしている服)に着替えたフィナが待ち構えていた。フィナが小首を傾げると編みこんだ髪が揺れる。その仕草は疑問に感じている時のものだ。
「ん、どうしたの、フィナ?」
「マキ、今日はないね?」
「ないって何が?」
「お菓子」
「あ、確かに」
手元を見れば、何にも持っていない。昨日までは相変わらずのように、団長さんから贈り物が届いていた。贈り物の大体がクッキーやケーキだったからまあまあ嬉しく、同室のフィナと分け合うのが日課になっていた。
だけど、今日は贈り物がなかった。マリー先生の授業後には誰も待っていなかった。お城を離れた夏希の代わりに無愛想な眼鏡騎士が待っていたのだけれど。
もしかして、わたしのもやもやの原因は、団長さんからの贈り物がなかったから? だから、しっくり来なかったのだろうか。空いた手を見ながら、嫌な方に考えが傾いてきて、首を横に振った。それだけは受け入れられなかった。
いつだって一方的に贈られてきたし、もらいたくてもらっていたわけじゃない。わたしには必要なかったはずだ。団長さんにも「いらない」と直接、訴えた。それなのに、今さら淋しいと思うなんておかしい。団長さんのことは好きじゃない。それが真実だ。でも……。
「マキ?」
わたしは首を横に振る。
――団長さんのことなんて、どうだっていい。会えなくたって平気だ。だから、「何でもないよ」と、フィナに向かって笑ってみせた。
それから、7日が経った。贈り物が無いのが当たり前になって、違和感もなく通常通りの日々である。
授業が終了して、フィナと一緒に通路を歩いていたら、わたしたちの部屋の前に人が立っていた。フィナが反射的にわたしの背中に隠れる。彼女の人見知りが発動した相手はアーヴィングさん。騎士団の副団長にして、こちらが恐縮するほどの格好いい人だった。
さわやかな笑顔をたたえたアーヴィングさんが片手を上げた。昔のイケメン俳優みたいな仕草で迎えてくれる。
「やあ、フィナにマキ」
「アーヴィングさん」
「マキ、少し時間あるかな?」
アーヴィングさんは白い歯を見せて、わたしの手をすくい上げた。
「うーん」
食事を終えて部屋へと戻る。後はベッドで眠るだけだったのに、胸の辺りがモヤモヤしてきた。何か大事なものを忘れているような予感する。でも、それが何なのか、わからない。
――何だっけ? マリー先生から借りた本は返却したし、他に貸し借りをした記憶はない。フィナとの約束もしていないし、何なんだろう、この気持ち。もやもやしたものを思い出せないのが一番嫌だ。
仕方なく晴れない気持ちのままで部屋へと戻ったら、シャンパン色のナイトドレス(ふくらみのある袖や裾がヒラヒラしている服)に着替えたフィナが待ち構えていた。フィナが小首を傾げると編みこんだ髪が揺れる。その仕草は疑問に感じている時のものだ。
「ん、どうしたの、フィナ?」
「マキ、今日はないね?」
「ないって何が?」
「お菓子」
「あ、確かに」
手元を見れば、何にも持っていない。昨日までは相変わらずのように、団長さんから贈り物が届いていた。贈り物の大体がクッキーやケーキだったからまあまあ嬉しく、同室のフィナと分け合うのが日課になっていた。
だけど、今日は贈り物がなかった。マリー先生の授業後には誰も待っていなかった。お城を離れた夏希の代わりに無愛想な眼鏡騎士が待っていたのだけれど。
もしかして、わたしのもやもやの原因は、団長さんからの贈り物がなかったから? だから、しっくり来なかったのだろうか。空いた手を見ながら、嫌な方に考えが傾いてきて、首を横に振った。それだけは受け入れられなかった。
いつだって一方的に贈られてきたし、もらいたくてもらっていたわけじゃない。わたしには必要なかったはずだ。団長さんにも「いらない」と直接、訴えた。それなのに、今さら淋しいと思うなんておかしい。団長さんのことは好きじゃない。それが真実だ。でも……。
「マキ?」
わたしは首を横に振る。
――団長さんのことなんて、どうだっていい。会えなくたって平気だ。だから、「何でもないよ」と、フィナに向かって笑ってみせた。
それから、7日が経った。贈り物が無いのが当たり前になって、違和感もなく通常通りの日々である。
授業が終了して、フィナと一緒に通路を歩いていたら、わたしたちの部屋の前に人が立っていた。フィナが反射的にわたしの背中に隠れる。彼女の人見知りが発動した相手はアーヴィングさん。騎士団の副団長にして、こちらが恐縮するほどの格好いい人だった。
さわやかな笑顔をたたえたアーヴィングさんが片手を上げた。昔のイケメン俳優みたいな仕草で迎えてくれる。
「やあ、フィナにマキ」
「アーヴィングさん」
「マキ、少し時間あるかな?」
アーヴィングさんは白い歯を見せて、わたしの手をすくい上げた。